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乗馬をしたことがありますか? 馬に乗ると“世界”が少しだけ変わります。それは、馬にまたがると「視線」が高くなるから。たった1メートルの差かもしれません。しかし、草原はより広くなり、鳥の目線で森が眺められるのです。ホーストレッキングに出かけてみませんか? |
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馬の身体をやさしくふいてから鞍をつけます
(写真はすべてフロンティアビレッジ)
数年前に阿蘇を旅したときのお話です。
蒸気を豪快に吹き上げる中岳をはじめとする阿蘇五岳の周囲は広大な牧草地になっていて、そこには赤牛や馬がたくさん放牧されていました。阿蘇の大きな特徴は「草原地帯」が多いこと。阿蘇五岳の周囲も大草原ですし、世界最大級のカルデラ地帯を囲む外輪山にも草原が広がります。樹木によって視界が遮られないので、景色が遠くまで見渡せてとても気持ちいいんです。
少女だったころに流行っていたせいもあり、草原を見ると『大草原の小さな家』などの、アメリカ西部を舞台にした物語や映画が私の頭に浮かびます。思わず運転している夫に、「こんなところで馬に乗ったら爽快でしょうね」と話しかけました。すると、ちゃんと乗馬クラブがあったのです。エル・パティオ牧場という施設で、建物も西部劇に出てきそうな雰囲気。
駐車場にレンタカーを停めて乗馬を楽しんでいる人を見物しました。馬にまたがった人たちは、柵の内側でゆっくりと馬を歩かせています。その様子はまるで「場内一周いくら」のレベルに見え、「なーんだ」とちょっとがっかり。しかし、それは大きな思い違いでした。
柵内で馬を歩かせていた人々は、やがて柵から出て阿蘇の大草原に向かったのです。牧場のリーダーを先頭に、馬を操りながら数人がそれに続いていく。場内一周の簡単なものだけでなく、大草原に出かけるコースも用意されていました。「やった!」、それを見て「私もやりたい」と叫んでいました。 |
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最初は引き馬で乗馬に慣れていきます
やりたい!と叫んだ私ですが、実をいえばそんなに乗馬経験がありません。正式に習ったことなんて一度もない。海外に行ったときに、オプショナルツアーで乗馬をした程度なんです。オプショナルツアーの馬は毎日数回、お客さんを乗せて同じコースを歩いているから馬にまたがってさえいればいい。極端な話、寝ていてもぐるっとコースをまわれます。
南フランス・プロヴァンスの海岸で乗馬をしたときもそうだったし、カナダの森林を歩いたときも同じ。フィジーでは「馬に乗って神秘の滝に行き、そこでスイミング&ランチ」という魅力的なツアー名につられて参加しました。このときも「乗馬技術」は無用。滝まで続く森の中の1本道、馬上でどんな仕草をしようがおかまいなしに、賢い馬はガイドの乗る馬を追って私たちを滝まで連れていってくれました。驚いたのは帰り道です。滝の周辺からツアー参加者が徐々にいなくなっている。「あれ、もう帰る時間!?」と夫とふたり馬に近づくと、ガイドが「馬に乗れ」と言う。言われたとおりに馬に乗ったら、馬が勝手に歩きだしました。そして、ガイドもいないのに夫とふたり、約1時間の道のりをなんの問題もなく、お馬様まかせで平穏無事に帰ってきたのでした。
馬術という点では、海外の乗馬ツアーではなにひとつ上達しません。しかし、「馬に乗る爽快さ」はたっぷり楽しめました。
乗馬の気持ちよさは、その視線の高さにあります。普段とたった1メートル違うだけなのに、馬の上からだと世界が変わります。草原は遠くまで見渡せるので、遥かに広がりを見せます。森の中でも、今までは見えなかった高いところにある葉っぱや、鳥の巣などがすぐそばに見えます。第一、下にいるときよりも太陽が近い。“馬の上の世界観”というものが、確かに存在しています。
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基本操作を学んだら馬と一緒に歩行開始
東京に住んでいると、自由にホーストレッキングができるところがありません。ホームページで検索していると、「すべて素人による開拓仲間達のボランティアによって休日を利用して10年と3ヵ月をかけてできあがった手作りの乗馬牧場です」と説明文にあるフロンティアビレッジという施設を見つけました。
40歳で勤務先を辞めた岡田強さんが、その後にトラック運転手のバイトをしながら土地探しを行い、やっと見つけた理想の土地を友人たちと開墾。最初に建てたログハウスは、古い電柱を利用したものでした。かつてのアメリカ西部の暮らしをそのまま実践している岡田さんですが、そのきっかけとなったのは八ヶ岳山麓で乗馬生活をしたことでした。
「乗馬クラブを開きたかったのではなく、西部劇の主人公のような気持ちで生きていきたかった」と語る岡田さんが最初に手に入れた馬は、「お客さんのため」のものではなく「自動車代わり」でした。馬に乗って市役所や買い物にも出かけたそうです。現在は周りの要望に押される形で乗馬クラブになっています。柵の中で「進め」「曲がれ」「止まれ」などの馬の操作の基本を覚えたら、柵を出て自然の中でホーストレッキングも!!
すっかり馬と意気投合、ギャロップやランニングも!
本当に手作りの乗馬牧場なので、スタッフも岡田さんだけ。それでも、ここには岡田さんがもつ「開拓精神」があふれているので、それを存分に楽しむことができます。
高級クラブハウスの代わりに手作りログハウス。重厚なイスではなく手作り木製イス。すべてのものにフロンティアスピリットが感じられます。
都心から近い場所にある「西部」。
馬の背中に揺られて紅葉を楽しむのもいいのではありませんか? |
< PROFILE >
石井 喜代美
ご主人がアウトドア・旅行雑誌の編集者をしており、その関係で国内外の旅に同行。ブランドショップより地元の市場、高級レストランより庶民の味、そして動物園と水族館には必ず行く主義だとか。キャンプや温泉にも詳しい。