夏は涼しくて、冬は暖かい。酒造蔵は酒を醸造させる大事な場所。内部空間が広く、現在でも昔の貴重な建造物が使用されているケースが多い。その土地の気候や風土に合った酒造蔵を見学に行こう。 |
秋田の両関酒造。立派な建造物は見学の価値がある
ひとつは、その地域の人々に愛され続けている酒は、その地域の代表的な製品であるという側面。 二つ目は、夏に涼しく、冬に暖かい酒造蔵は、建物そのものが大きいために、その地域のランドマーク的な存在になっていること。 三つ目として、大量にお酒を造っている工場は別にして、いわゆる「地酒」と呼ばれる銘柄の酒造蔵は、昔のままの状態で保たれ、使用されているケースが多いこと。これらの建物は有形文化財に指定されている場合も多く見られる。 そんなわけで、旅先で酒造蔵を訪ねるケースが多い。 磯蔵酒造の入口にある試飲コーナー。器は笠間の陶芸家の作品だ
しかし、近頃では酒を造る過程を見学させてくれる施設がずいぶん増えた。 販売促進を兼ねて、予約なしでも随時見学OKなんていうところは、最後の部屋が大きなショップになっていて、「さあ、おみやげに1本、ぜひ1本」と、販売迫力満点だったりして。ま、観光バスのツアーで立ち寄る酒造蔵はこのタイプが多いですね。それでも、工場見学体験は楽しいもの。 毎日のようにお世話になっているお酒が作られる過程、杜氏たちの話を聞くのはおもしろい。ドライブのときに、酒造蔵に寄ってみるのもいいんじゃない? |
夏でも涼しい蔵内。磯蔵酒造の蔵には現代アートが
日本全国渡り歩けば、土地によって酒の傾向が変わる。これは、醤油や味噌の味(甘さ、辛さ)にも関連があるように思う。 醤油や味噌が甘いと辛い酒を好み(九州の醤油、味噌は甘い。酒は辛い焼酎が南部では主流になる、といった具合に)、のような傾向も見えるのだ。 また、宮崎県の綾では、雲海酒造がその地域一帯を一大リゾートにした。敷地内には焼酎工場に加え、体験工房、お酒の販売コーナーに加え、日帰り温泉施設や宿泊施設も作った。ここにもずいぶん驚かされた。 多くの酒造を訪ねたことを思い出しながらいま書いているが、そのなかでとくに印象に残っている数カ所を紹介したい。ま、個人的な見解で、もっとすごい酒造があるのは百も承知。 それでも、「よし、いつか酒造蔵めぐりをしてみよう」と、Smart Access・マガジンの読者に思ってもらえたらうれしい。だって、酒造めぐり、楽しいですよ! 両関酒造 秋田県湯沢市 http://www.ryozeki.co.jp/index.html 北のほうから紹介すれば、まずは秋田県湯沢市。銘酒の産地として知られる土地に、両関酒造がある。酒は若干甘め。 創業明治7年と歴史ある酒造だが、圧巻は県内で初めて登録有形文化財に5カ所が指定されたという建造物である。その格子と障子が生み出す、独特の和風リズム。屋根の傾斜、雪が降る地方だけに内部に使われた重厚な木柱……。 見ていて飽きがこない。 また、湯沢周辺は水の良いところで知られる。ほど近く、六郷という地域は、水道いらずの町で、「湧き水散策マップ」を片手に歩くのが楽しい、夏に絶対おすすめのドライブスポットだ。 「飲んでけ、うちの水は甘いよ」と、老婆が気軽に声をかけてくる。 ここの名物は地酒でなく、地サイダー。子どもが大喜びすること、間違いない。 磯蔵酒造 茨城県笠間市 http://isokura.jp/home.html 茨城県に酒どころの印象はなかった。 笠間は陶芸で有名なところで、周囲には多くの陶芸家が暮らし、日々作品を仕上げている。あるときから、笠間の陶芸家と友人(ぼくより年上の大先生ですが……)になった。その陶芸家に連れられて行ったのが、磯蔵酒造である。 五代目蔵主、磯貴太氏が代々のこだわり、伝統をたいせつにして酒を造る。土地の米を使う銘柄なども好評だ。 さて、磯蔵酒造のもうひとつの名物は、その歴史ある建物内に飾られた現代アートである。また、ラベルもアーティステックでおもしろい。 笠間の陶芸家たちが東京で個展を開く際に、磯氏は必ず祝杯酒を持ってかけつける。その縁で知り合った芸術家たちが、彼に恩返しをして、新しい磯蔵のラベルなどが生まれたのである。 八海醸造 新潟県南魚沼市 http://www.hakkaisan.co.jp/ 南魚沼といえば米どころに加え、水の良いところとして知られる。環境一番、なんせ、この市の巨大産業「雪国まいたけ」も、かつてはテレビコマーシャルで、環境のよさをアピールしていたくらいだ。 ぼくがこの酒造の虜になったのは非常に単純な理由で、ここの杜氏と親しくなったからだ。 彼はぼくの日本酒の師匠である。 彼の話は日本酒がいかに造られるかに留まらない。普段耳にしない固有名詞もずいぶん教えてもらった。 たとえば「日落ち菌」。これは自然の中にいる菌だから、混入を避けるのは非常に難しい。そして、この日落ち菌が酒にイタズラをする。 たとえば、「生酒」。都会の居酒屋でもときどき口にするし、みやげに買って帰るケースも多い。 いつごろまでか、ぼくは、生酒とは少々の酸味がうまさの決め手だと思っていた。しかし、杜氏いわく、「あのすっぱさの正体が日落ち菌」ときっぱり。注いだばかりの生酒は、抜群のうまさで酸味などないと言うのである。ああ、素人の悲しさ、大勘違い。 「生酒は、もらったり、買ったらすぐに飲め」の教えをそれ以降守っている。日落ち菌のせいで、1日ごとに酒が悪くなるのだそうだ。とくに、明るいところに飾っておくのは最悪だと彼は声を大にした。 現在でも、この杜氏に日本酒を学んでいる。ただ、最近、彼は人事異動になった。その彼がいま造っているのが焼酎「宜有千萬(よろしくせんまんあるべし)」。そのカストリは、いまや手に入らないほどの人気になった。 西酒造 http://www.nishi-shuzo.co.jp/ 三和酒造 http://www.satsumamusou.co.jp/ 鹿児島焼酎の工場の甕
鹿児島には見学可能な酒造も多い。それは、たとえば「鹿児島芋焼酎見学」で検索すれば、数カ所の酒造が出てくる。 さて、このコラムで取り上げるのは、西酒造と三和酒造、長島研譲である。 酒造名では「・・・・」かもしれないが、ブランド名を見れば、「あれか」となるだろう(3つのうちふたつはとくに)。 西酒造は「宝山」である。「吉兆宝山」「富乃宝山」、焼酎好きにはたまらない銘柄である。 より以上の品質管理、伝統的製法を大事にする姿勢などを徹底しているのだが、ぼくがここを評価するのは、そのラベル(裏側の)にある。 アルコール度数などと同等に、いや、スミ色文字でなく、かえって目立つようにそこに赤字で書かれた「気合度数120」の文字。気合いが違うのである。 ちなみに、酒の席で宝山があれば、その一升瓶を席まで店員に運ばせる。そして、連れに気合度数を示す。そうとう盛り上がります。 杜氏たちの目によって酒は育っていく
地中に埋め込まれた甕壺で仕込み、鹿児島唯一といっていい木桶で蒸留し、再び甕壺で貯蔵する。伝統の方法で生まれた黒麹焼酎なのだ。 これは、松村悦男氏のこだわりが生んだ酒だ。名杜氏として活躍していた松村さんは、やがて引退。そこに声がかかった。 ならばと、松村さんは「昔ながらの伝統を重んじた酒を造る。それがダメならやらない」と、この手法に挑戦。そして、「天無双」が生まれた。 ぼくの勘だが、この酒、やがて相当の高値になる。 いまのうちにお試しあれ。 さて、最後は長島研譲である。銘柄は「島美人」。鹿児島の西側に浮かぶ長島の酒だ。この酒、実はブレンド焼酎なのである。 島にある小さな醸造所が、「これからは協力しないとダメになる」と、それぞれに造った酒を持ちよった。 それを、味にうるさい長島の焼酎の長とも呼べる人がブレンドし、「島美人」として世に出した。 「島美人」は複数の醸造所と、ひとりのブレンダーが生んだ酒なのである。 酒造蔵には物語が落ちている。さ、出かけてみよう。 |
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」を連載中(http://www.yomiuri.co.jp/tabi/)
木場 新
休日評論家。主な出版物に『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」を連載中(http://www.yomiuri.co.jp/tabi/)