標高2000mの高所に建つ一軒宿、高峰温泉。 季節により、時間により、外の風景は刻々と移ろっていく。 |
早朝7時。 カラマツの木の間から見えるのは、ただ一面の真白いじゅうたんのような雲海。遠くの八ヶ岳連峰の山頂だけがその姿をのぞかせている。 天空と下界とにぴしゃりと一線を引き、山頂にいる者だけがこの風景を我が物にできる。 過去を置き去りにし、一切の世事はすべて忘れて、ただひたすら湯の香りと温かさ、感触だけにひたることに没頭する。 自分を追いかけてくるものは、すべてあの雲海の下に封じ込めた。 そう思えたときはじめて、腹の底からじわじわと湧きあがってくる幸福感に浸ることができた。 上信越道・小諸ICからチェリーパークラインをたどって約30分、高峰温泉は標高2000mにある一軒宿だ。 「日本秘湯を守る会」に所属する宿で、「ランプの宿」としてもその名を知られている。歴史はそれほど古くはない。現在の場所で開業したのは昭和58年のこと。 明治初期に温泉が発見されてから、現在の主人は4代目にあたる。開業までは紆余曲折をたどった。 明治初期、深沢川の下流から12キロの地点で、岩の間から温泉が湧き出ているのを地元の農家が発見。簡単に堰き止めただけの野天の湯が、山奥の温泉としての始まりだった。 明治35年、初代後藤春吉が源泉の近くに宿を建てるための土台石を築いた。しかし、宿を建てる直前になって大水と土砂崩れで源泉が埋没してしまう。 先代の意志を継いだのが、2代目にあたる後藤一。昭和29年に温泉のボーリングからはじめ、昭和31年に山の谷間の一軒宿として開業にこぎつけた。山間にある温泉宿は多くの登山客に愛され、その名を大いに広めた。 昭和53年、火事により建物が全焼。3代目後藤克己はこれを機に標高2000mへの移転を決意。しかし資金不足や電力の確保難などで温泉をくみ上げるめどがなかなか立たず、昭和58年になってようやく開業にこぎつけることができた。 風呂上がりのひと休みスペースには飲泉スペースがあってなごめる
「命の泉」と銘打った飲用温泉水は、口に近づけるとほのかに硫黄の匂いがする。 泉質は含硫黄―カルシウム・ナトリウム・マグネシウム―炭酸水素塩泉。源泉温度26度。 決しておいしいとはいえないが、カラダに効きそうなやさしい味がする。 飲用すると慢性消化器病や糖尿病、痛風、肝臓病、便秘への薬効が期待される。 高峰温泉の特徴といっていいのは、ランプの湯(男女)、高嶺の湯、四季の湯の4つの浴槽のいずれも、中央で左右に間仕切りしてあることだ。 宿泊者のみ入浴可能な「四季の湯」(女湯)。湯船中央の間仕切りには意味がある
当然温度は低いが、十分に温まったところでぬるい源泉の湯船にひたれば、これはこれで冷温交互に肌が刺激されて温浴効果をさらに高めることができる。 このように、温度が低めにもかかわらず、源泉100%の浴槽を確保することは、宿が温泉に対してリスペクトしていることの表れなのだ。 自然に対する敬慕の念がなければ、このような措置はとらない。 反対にこれこそが、「日本秘湯を守る会」に名を連ね、温泉にうるさい宿泊客がこの宿を支持する重要なポイントなのだと思う。 お休み処「朝霧」では毎晩星の観望会が行われる
生活や街の光にさえぎられ、都会では見ることのできない、小さな星の、わずかな輝き。うっすらと光の帯になった天の川も眺めることができる。 高峰温泉では、毎晩、双眼鏡や望遠鏡を使っての天体観測をすることができる。 曇りの場合でも、スライドを上映する観望会が行われる。飾り気はないが、天空に近い宿だからこそ体験できる楽しみ。 これこそが最上の贅沢なのではないだろうか。 湯の丸高原へと続く「湯の丸高峰林道」から見る一軒宿の高峰温泉。この道は冬季閉鎖になる
ランプの宿 高峰温泉 所在地:長野県小諸市高峰高原 TEL:0267-25-2000 日帰り入浴:11:00~14:00受付(ランプの湯のみ) 入浴料:大人500円/子ども400円 |
11月21日~4月20日頃までの冬季間は、宿の周辺が雪に閉ざされ、県境の車坂峠から宿まではクルマの通行ができない。宿泊者や日帰り入浴は、隣接するアサマ2000スキー場の第3駐車場にクルマを停め、雪上車に乗って訪問することになる。雪上車の運行時間は9:45、10:15、13:00の3回。天候によって時間が変更になる場合があるので確認が必要だ。日帰り入浴は通常の料金のほかに雪上車乗車料金(大人/子どもともに往復1000円)が必要となる。徒歩やスキーで訪れる場合は雪上車料金は不要だ。
また、高峰高原と湯の丸高原とを結ぶ「湯の丸高峰林道」も冬季閉鎖となるため、東御市の湯の丸方面からクルマで来ることはできない。浅間サンラインを小諸方面へ進み、チェリーパークラインを上がろう。