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魅惑の温泉ドライブ古湯から日帰り湯まで、日本全国温泉行脚の旅
島崎藤村が愛した 古城のほとりの名湯 長野県小諸市/中棚温泉

藤村の「小諸なる古城のほとり」に登場する温泉がある。
明治の面影のあるその宿には藤村の足跡が残っていた。

千曲川の岸辺にたたずむ歴史ある美人の湯
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なす繁(はこべ)は萠えず
若草も籍くによしなし
(中略)
暮れ行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む

これは島崎藤村の詩「小諸なる古城のほとり」(『落梅集』)の一節である。
小諸は高原都市であるがゆえに春遅く、澄みわたる青空を仰ぐにはまだ遠い。
日々の生活のなかでの憂いを秘めた、春霞のなかの小諸を情景描写している。 

のちにこの歌は藤村自身によって「千曲川旅情の歌 一」として編纂され、1925年(大正14年)に弘田龍太郎によって作曲された。 

ポピュラーな歌だが、この歌詞に出てくる温泉が、小諸にある。
結婚して間もない藤村が、7年間にわたり、何度も足を運んだ温泉。
樹林に囲まれた高台の一軒宿に、藤村の足跡をたどった。

中棚温泉の入浴後は、藤村ライブラリーでコーヒーを飲みながらゆったりとしたひとときを過ごす
島崎藤村といえば、『破戒』『夜明け前』といった文学作品が代表作として有名だ。

小諸は、藤村が詩人から作家へと転身をはかるうえで、そのターニングポイントとなった場所でもある。

藤村(本名・島崎春樹)は、1872年(明治5年)、現在の岐阜県・妻籠で7人兄弟の四男として生まれた。
妻籠は木曽十一宿南端の宿場町で、現在はいにしえの雰囲気を残した町並み保存が進められ、観光地として人気がある。

宿場町のほぼ中央に位置する馬籠本陣が藤村の生家にあたる。
宿場は明治中期の大火で大半が焼失してしまったが、本陣跡地に「藤村記念館」が建てられ、祖父の隠居所のみ現存している。
ここが、名作『夜明け前』の舞台となった。作品からは、幕末から維新後のこの地の生活状況や政治・社会情勢の変化が伝わってくる。

子息の教育に配慮した地方の名家らしく、藤村は1881年(明治14年)、10歳のときに上京し、泰明小学校に入学している。
1887年(明治20年)に明治学院普通部本科(現在の明治学院大学)に入学。恩師の木村熊二によって洗礼を受けてキリスト教に入信した。
1891年(明治24年)卒業。
翌年に木村熊二夫妻が創設した明治女学校の英語教師として赴任するが、教え子と恋愛関係におち、それを自戒してキリスト教を棄教、辞職してしまう。

詩人として活躍をはじめるのはこの頃からだ。
1893年(明治26年)には北村透谷らと雑誌『文学界』の創刊に参加。
1年間、仙台の東北学院に教師として赴任後、1897年(明治30年)には帰京して第一詩集である『若菜集』を刊行。明治浪漫主義の詩人として地位を確立していった。

藤村28歳の1899年(明治32年)、小諸義塾の塾長であった恩師木村熊二に招かれ、教師として赴任。国語と英語を教えるかたわら、小説や随筆の執筆もはじめる。

冒頭の「小諸なる古城のほとり」が収載された第四詩集『落梅集』はこのとき刊行された。
「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実一つ……」
歌にもなった「椰子の実」も、この『落梅集』に収められている。

小諸時代は、藤村にとり、結婚し三女をもうけた安定した時代だったと思われる。作品には、自然や生活の様子などを新鮮な感覚で写実的にとらえた秀作を多く残している。

だが、小説への創作意欲が次第にふくらみ、この頃から長編小説の『破戒』の執筆に取りかかる。1905年(明治38年)、6年にわたる教職生活を辞め、書きかけの原稿を持って上京する。
翌年に自費出版された『破戒』はたちまち完売となり、小説家として成功を収める。
しかし、その一方で、小諸で生まれた3人の娘を麻疹などで相次いで亡くし、1910年(明治43年)には四女出産後に妻を亡くすという不幸に見舞われるのである。

小諸時代、藤村が通った温泉は、恩師の木村熊二が開湯にかかわった温泉でもあった。

小諸義塾を開校した木村は、ニューヨークで医学を学んでいた。
山の中腹にある中棚付近の湧き水が傷の治りに効果があることに気づいた木村は、有志とともに1898年(明治31年)に中棚鉱泉を設立する。

その近くには草葺き屋根の士族屋敷を移築し、「水明楼」と名づけて書斎として利用した。

水明楼のとなりに、明治の面影を残した建物で、新たに中棚荘として開業をはじめたのは1993年12月。

手前は加温してあるが、奥の湯船は源泉かけ流し。ぬるめだが薬効が感じられる
温泉は、宿泊棟から坂道の石段を少し上った別棟にある。

泉質はいわゆる美人の湯と呼ばれる弱アルカリ性低張性温泉。
泉温は40度とそれほど高くはない。
だが、源泉そのままの湯が竹の筒から注ぎ込まれる湯船がきちんと用意されている。

湯に入れば、肌が気泡で覆われ、いかにもフレッシュな湯であることが体感できる。また、とろっとした湯に入浴しているうちに、肌がつるつるになるのがわかるだろう。

「もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることはないか」

藤村が小諸に赴任してきた当時の心境にならい、「新鮮に簡素に」を宿の基本とする一軒宿。


江戸時代末期の古民家を移築した登録有形文化財の「はりこし亭」では、手打ちそばやお煮かけうどんなどが食べられる
今宵は藤村を偲びながら、濁り酒でも飲んでみることにしようか。
旅のヒント
中棚荘は、しなの鉄道小諸駅から白樺湖方面、千曲川に向かって南下していく途中にある。「まだあげ初めし前髪のりんごのもとに見えしとき」と詠まれた藤村の「初恋」にちなみ、10月から4月は展望風呂にりんごを浮かべた「初恋りんご風呂」が名物。
< PROFILE >
長津佳祐
観光やレジャー、スローライフを中心に編集・執筆を手がける。ブログ「軽井沢別宅日記」をどうぞよろしく。 http://blog.bectac.com/
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