赤湯温泉は上杉藩が直々に御殿を築いて治めてきた名湯だ。周辺の山の斜面にはぶどう畑が広がり、いまこの美しい田園風景を生かした新しい試みが動き出そうとしている。 |
ぶどう畑から白龍湖方面を見下ろす。湖を取り囲むように山の斜面にはぶどう畑が広がっている
その湖は白龍湖といい、周辺の山の斜面には赤湯を象徴するぶどう畑が広がっている。 湖というわりには、この一帯はレジャー向けの開発はされてこなかった。 というのも、田園に囲まれた湖岸は湿地帯で、かつては赤湯沼と呼ばれる沼地だったためだ。 子どもの頃、父親のクルマに乗せられてこの国道を何度も走った記憶がある。 しかし、この湖の近くで遊んだ記憶はない。 へらぶな釣りには向いていても、ボートで川魚や虫を探す以外に、子どもが楽しく遊べるような施設はなかったのだ。 だから、赤湯を通過するたびに目を惹かれたのは、もっぱらフルーツセンターのほうだった。 ぶどうをはじめとする果物の名産地らしく、観光客が立ち寄るのはレストランが併設された国道沿いのショッピングセンターだった。 この白龍湖を左手にして、国道をはさんで右側が赤湯温泉になる。 宿名は上杉家赤湯御殿の守番の役職名からきており、明治時代に御殿を譲り受けた経緯がある。旬の素材を使った郷土料理のほかに米沢牛をふんだんに使った食事が自慢だ
上杉の御湯 御殿守 所在地:山形県南陽市赤湯989番地 TEL:0238-40-2611 泉質:含硫黄ナトリウム・カルシウム―塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉) 戦国時代には、この一帯は上杉氏によって治められていた。第9代米沢藩主の上杉鷹山は、画家に命じて丹泉八勝(赤湯八景)を描かせるなど、ことのほか赤湯を愛した記録がある。 このように歴史のある温泉地なのだが、80年代までのレジャーブームが去ると、フルーツセンターを含め、周辺の観光施設は一気に勢いを失っていった。 唯一、根強い人気を誇る温泉宿だけが、全国に赤湯温泉の名を広める手がかりだったといえる。 宿泊した御殿守も人気のある温泉宿のひとつ。 地元米沢牛のステーキやしゃぶしゃぶ、すき焼きは看板メニューとなっている。 温泉はかすかに硫黄の香りがするが、くせが強くなくて入りやすい。 大小合わせて12種類の湯殿があり、なかでも重さ100トンあまりの蔵王の石をくりぬいた「龍神の湯」は豪快だ。 源泉かけ流しの枡風呂や丸太風呂など、いくつもの湯船を行き来すると、時間の経つのを忘れて温泉を堪能することができた。 かつて、アメリカ西海岸や南イタリアに行ったときに、広大なぶどう畑のなかにぽつんとたたずむ、レストランが併設されたワイナリーに立ち寄ったことがある。 周辺にレジャー施設らしきものはまったくないのだが、ワイナリーには多くの人が訪れていた。 気持ちのいいテラスでその地の田園風景を眺めながら、地元の食材を生かした料理を肴にワインを飲む。 このような時間の過ごし方は、本当に豊かだと感じられた。 そして一方で、なぜ日本にはこのような施設がないのだろうという思いにもかられるのだ。 いまでこそ、田園レストランという発想は珍しいものではなくなってきたが、地方でこうした場所を見つけるのはなかなかむずかしい。 異邦人としての視点で自分が住む土地を眺めてみないと、その場所がどれだけすばらしいかに気がつかないのだ。 丘の上から見下ろす白龍湖や赤湯の風景は、ときにハッとさせられるほど美しい姿を見せる。 開発の手が入らなかったために自然が保たれ、山の谷間に沿って田園風景が延々と続く。夕日に照らされる湖面はとくに美しい。 明治時代に東北地方を旅行した英国人紀行作家のイザベラ・バードは、著書でこの地を「東洋のアルカディア」と評した。歯に衣着せぬバードだが、置賜地方を訪れた際にだけ、「エデンの園」と称賛している。 昨年10月4日、白龍湖を見下ろす休耕地となったかつてのぶどう畑に、たった一日だけの仮設レストランがオープンした。 地元特産食材とワインを提供する一日だけの「ぶどう畑のレストラン」。 「美しい風景の中で、美味しいものを食べる。」 この試みを企画したのは、東北芸術工科大学プロダクトデザイン学科西澤研究室の学生たちだ。 名物「龍神の湯」。外気にふれる風呂がいくつもあるので、開放的な気分で湯船めぐりができる
新たなグリーンツーリズムの可能性を探るためのプロジェクトだったが、私にはそれが海外のワイナリーで見た風景と重なって見えた。 視点を少し変えるだけで、私たちはどれだけ美しい土地に住んでいるのかということを実感できる。 なにげない風景に価値を見出し、その美しさを演出する「デザイン」を創出することができれば、これまでの価値観はがらりと転換するのだ。 このレストランは、ほんのきっかけに過ぎない。 田園風景との共存について覚醒した赤湯温泉は、これからも新しい「アルカディア」をカタチにして見せてくれるはずだ。 |
赤湯温泉の一部の宿では、食事と宿泊とをセパレートした「泊食分離」プランを採用している。好きな宿と地元料理を楽しめる飲食店を選んで予約すると1泊夕食付でひとり9000円。温泉地としては画期的な試みで、町全体を盛り上げていこうという機運が高まっている。
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