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魅惑の温泉ドライブ古湯から日帰り湯まで、日本全国温泉行脚の旅
茅葺屋根の古民家に泊まり温泉の湯力を再確認する秋田県田沢湖町・乳頭温泉郷鶴の湯温泉
「西の黒川、東の乳頭」。秘湯好きの温泉ファンにとって、「乳頭温泉郷」は聖地のひとつともいえる特別な思いがある。昔ながらの山里の風景に乳白色の露天風呂。この原風景ともいえる宿が「鶴の湯温泉」だ。なぜ人はこの地に憧れるのか。そこにはさまざまな理由があった。
期待を裏切らないすばらしい温泉宿

母屋にある小さな露天風呂。家族で入るのにちょうどいいサイズ。このほか女性専用の露天風呂も完成している


本陣に連なる調理室。6年に1度茅葺の屋根が葺き替えられる

鶴の湯温泉
所在地:秋田県仙北市田沢湖先達沢国有林50
TEL:0187-46‐2139
入浴料:500円
日帰り入浴:10:00~15:00(月曜露天風呂不可)
泉質:含硫黄‐ナトリウム・カルシウム塩化物‐炭酸水素泉 ほか3種
秘湯好きの温泉ファンにとって、秋田県の「乳頭温泉郷」は特別な響きをもった温泉地だ。

「西の黒川、東の乳頭」と言われるように、熊本県阿蘇郡にある黒川温泉と、秋田県田沢湖町にある乳頭温泉は、昔ながらの風情を残す東西の秘湯の横綱に君臨している。  

乳頭温泉郷には7つの宿があり、それぞれ泉質が異なることから、宿名が温泉名を示すようになっている。  

もっとも古くから伝わるのが、黒湯温泉と鶴の湯温泉だ。  

明治19年刊行の『日本鉱泉誌』(内務省衛生局編纂)によれば、名前が登場するのはそのふたつと蟹の湯鉱泉(現在の蟹場温泉/発見は天保13年・1842)だけだ。  

黒湯温泉も鶴の湯温泉も発見された年月については「詳らかならず」と明らかになっていない。
とくに鶴の湯温泉については、「元和(1615~1624/徳川幕府の始まり)以前にかかると言う」とある。おおまかに見積もって、すくなくとも400年以上の歴史があるのだ。

鶴の湯という名前も古く、猟師がこの湯で傷を癒す鶴を見つけたという言い伝えが残っている。

いまでは10万人以上の観光客が訪れる人気温泉地に成長した鶴の湯だが、現在の地位を築いたのはそれほど古い話ではない。

同じ乳頭温泉郷で大釜温泉を経営していた佐藤和志さんが、13代続いた鶴の湯の経営を委ねられたのは1983年のことだ。

当時は電気も電話もなく、建物は老朽化していて、アクセスも悪かった。

そこにあったのは、手つかずの自然と乳白色の温泉だけだったが、泉質はすばらしかった。  

そこで佐藤さんが最初にはじめたのは道路の拡幅だった。

中古のブルドーザーを購入し、県道からの道を確保すると、次に露天風呂の整備を行った。
発電機に変えて水車による水力発電をはじめたのもこの頃だ。  

その後、歴史ある茅葺屋根の本陣とは別に、最新設備の別館を建てたものの、旅行者は一様に本陣へ泊まることを望んだ。
多少不便であっても、秘湯のイメージそのままの本陣に人気が集まるのは予想外のことだった。  

ヒントをつかんだ佐藤さんは、ありのままの原風景を大切にし、自然や文化を生かした環境作りに取り組み始めた。
そして、それまであまりの雪深さに困難といわれていた冬季の営業に踏み切り、スキー客など新たな客層をつかんだ。
それ以後、雑誌等に頻繁に取り上げられるようになり、今日の成功へとつながっている。

田沢湖から県道をスキー場のある田沢湖高原へ向かうと、右手に秋田駒ケ岳と乳房の形をした乳頭山が姿をあらわす。
黒湯温泉や蟹場温泉といった乳頭温泉郷の宿はそのまま県道を直進するが、北西にひとつ山を隔てた林道を分け入った奥に鶴の湯温泉はある。

クルマで林道を進むこと約4km。

突然目の前にあらわれるのは、昔ながらの茅葺屋根の建物が寄り添うように集まった小さな集落だ。
鳥居のような門柱が、自然と人里を隔てる結界のようにも思える。

鶴の湯には1号館から3号館までの新館のほかに、部屋に小さな囲炉裏端のある本陣と、新しい棟の新本陣、東本陣がある。  

いずれも外観は周囲の景観を損なわないような配慮をしつつ、施設内は暖房や電話、ウォシュレット付きのトイレなど、現代の生活に沿って快適に過ごせるような工夫が施されている。
また、電線を埋設することによって文明を気づかせない配慮がなされているのも、心理的に大きな効果がある。  

15時までは日帰り入浴を受け入れているために、村内は多くの観光客でにぎわいをみせる。
しかし、その時間を過ぎてしまうと一転して静かな山村へと様変わりし、宿泊者だけの至福の時間が訪れるのだ。  

宿泊者が真っ先に向かうのは大露天風呂だ。
雑誌やパンフレットで見たとおり、乳白色の広大な露天風呂は圧巻のひと言に尽きる。
湯の中から無数の泡が立ち上っており、足元の湯の底を探ると湯が湧き出しているのがわかる。
自然に循環する、まさに天然の湯船なのだ。  

その周りには内湯が4カ所あり、どれも泉質がまったく異なっている。

白湯=美人の湯。別名冷えの湯
  含硫黄-ナトリウム・カルシウム塩化物‐炭酸水素泉
滝の湯=打たせ湯
  含硫黄-ナトリウム塩化物-炭酸水素泉
黒湯=ぬぐだまりの湯。子宝の湯
  ナトリウム塩化物-炭酸水素泉
中の湯=眼っこの湯
  含重層-食塩硫化水素泉


4カ所ある内湯のひとつ、「白湯」。露天風呂と同じ泉質だが、ほかに泉質の異なる3種類の温泉が楽しめる
木造の建物にも風情があり、秘湯ムードはたっぷりと流れている。

これらの内湯めぐりをするだけで、温泉の奥深さというものを感じさせられる。すぐ隣りにある温泉なのに、泉質がまったく異なるのには驚かされる。  

夕刻、囲炉裏端の自在鉤には、大鍋がぶら下げてあった。
これが、鶴の湯名物の「山の芋鍋」だ。
粘りの強い神代産の自然薯を擦ってボール状に丸め、薄口の味噌仕立てにした温まる一品。
味噌を塗って炭火で焼いた岩魚は、表面が香ばしく中はふっくらと火が通っていて、骨までやわらかく食べられる。
素朴だが、期待を裏切らない山菜料理の数々。
ここでしか食べられない料理だからこそ、強い説得力がある。  

かつて、温泉達人の故・野口悦男さんは、意見を求められた宿の御主人に対してこう話したことがある。

「宿代を決める基準となるのは場所、料理、温泉の3つの要素だ。それぞれについて1万円までを目安に3万円までの値段にするといい。
都心に近いなど、地の利があったり、部屋から眺める風景がよければそれだけで1万円をつけられる。料理に力を入れていれば1万円。温泉がすばらしければ1万円を取れる。
それぞれがいくらに相当するかを考えて、合計すれば宿泊者にとって適正な宿代になる」と。  

それからはいつも宿に泊まるたびに、適正価格というものを考えるようになった。  

もし、鶴の湯に自分で宿泊代をつけるとしたらいくらになるのだろう。  

今回の宿泊代はひとり1万円にも満たなかった。
鶴の湯の温泉は、それだけで1万円をつける価値がある。  

訪れた人はリピーターとなり、口々にそのすばらしさを人に伝える。
東の横綱と呼ばれるだけの理由は、サービスに対する細かい配慮だけでなく、この価格設定にもあることを、野口さんは教えてくれているかのようだ。
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旅のヒント
乳頭温泉郷の7つの宿の宿泊者限定で、すべての温泉を体験できる「湯めぐり帳」を1500円で販売している。この一冊で七湯めぐりが可能だ。

<乳頭温泉郷 そのほかの宿>

○妙乃湯温泉
金銀ふたつの露天風呂をもつシンプルモダンの宿
所在地:秋田県仙北市田沢湖生保内駒ケ岳2-1
TEL:0187-46‐2740
入浴料:700円
日帰り入浴:10:00~15:00
泉質:カルシウム・マグネシウム硫酸塩泉‐単純泉
http://www.taenoyu.com/

○大釜温泉旅館
懐かしい木造校舎を移築した、温泉郷最奥の宿
所在地:秋田県仙北市田沢湖田沢字先達国有林
TEL:0187-46‐2438
入浴料:500円
日帰り入浴:9:00~16:30
泉質:酸性含砒素‐ナトリウム塩化物‐硫酸塩泉
http://www.ohkamaonsen.com/

○蟹場温泉
蟹が住む沢に近い原生林の中の露天風呂
所在地:秋田県仙北市田沢湖田沢字先達沢国有林
TEL:0187-46‐2244
入浴料:500円
日帰り入浴:9:00~16:30
泉質:重層炭酸水素泉

○孫六温泉
湯治場の風情が残る川沿いの「山の薬湯」
所在地:秋田県仙北市田沢湖田沢字先達沢国有林
TEL:0187-46‐2224
入浴料:400円
日帰り入浴:7:00~17:00
泉質:ラジウム鉱泉

○黒湯温泉
離れの別荘と自炊部のある昔ながらの湯治宿
所在地:秋田県仙北市田沢湖生保内2-1
TEL:0187-46‐2214
入浴料:500円
日帰り入浴:7:00~18:00
泉質:単純硫化水素泉
営業期間:4月中旬~11月上旬
http://www.kuroyu.com/

○休暇村乳頭温泉郷
近年リニューアルされた、ブナ林に囲まれた静かな宿
所在地:秋田県仙北市田沢湖駒ケ岳2-1
TEL:0187-46‐2244
入浴料:500円
日帰り入浴:11:00~15:00
泉質:単純硫黄泉‐ナトリウム炭酸水素塩泉
http://www.qkamura.or.jp/nyuto/
< PROFILE >
長津佳祐
観光やレジャー、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。ブログ「デュアルライフプレス」
http://blog.duallifepress.com/
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