移転問題に左右される東京・築地市場。そんな話はともかく、場内、場外ともにいつだって賑わいを見せています。今年の初セリでは史上最高額の1億5540万円で青森県大間産のクロマグロが落とされ、場外には大勢の観光客が押し寄せます。その築地に小さな神社があるのをご存じですか? |
場内市場には料理人たち”プロ”が買い付けに来ます。セリ場も場内にあります
場外市場には外国からのお客様も大勢。たしかにあの賑わいは東京観光の目玉かも
自家製の干物を売るお店も。豪快に干されていて、それがまたおいしそう!
旬の魚介類を並べたお店では「届いたばかり、新鮮だよー」という声がかかり、名物の玉子焼きのお店のそばでは、「あ、テリー伊藤のお兄さんだよ」と観光客が興味深そうに眺めています。 なかには、素晴らしい英語の発音で、金髪の遠来客に声をかける店主もいて。 そのなかで、ある種の凄味があったのが、「初セリを落としたのはうちの社長だよー、あのマグロは一瞬でなくなっちゃったけど、ほかにもおいしいものばかりだよー」と声をかけている店員さんがいました。 それは、すしチェーンの『すしざんまい』。 築地にも数店舗あり、1億5540万円という史上最高額で青森県大間産のクロマグロをセリ落としただけに、その宣伝効果は抜群、お店の前には長い行列ができていました。 それにしても昨年の史上最高額は5649万円というのですから、縁起相場とはいえ、その約3倍の1億5000万円超えはすごいと感心するしかありません。 築地を訪れる観光客はお寿司のお店や「鉄火丼」「鮭といくらの親子丼」などを出すお店で舌鼓を打ち、自宅用にマグロやカニ、それぞれのお店が手作りしている干物、これもまた築地で扱うお店が多い煮干しや昆布、かつお節などを買って帰ります。 その築地に「波除稲荷神社」という小さな神社があるのをご存じですか? |
旬な魚介類の並ぶ店頭。威勢のよい掛け声に押されてつい買ってしまいます 波除稲荷神社。有名水産企業が奉納した提灯がたくさん架かっていました 金箔がまぶしく、そのなかでお歯黒が目立つ「お歯黒獅子」が立派です
江戸開府のころは日比谷のお堀手前までが海で、八重洲の海岸には船の役所があったそうです。 江戸城構築にあたって掘られたお堀の土を日比谷入江に入れ、それが契機になって次第に埋立地ができていったのです。 開府から約70年経ったころ、4代将軍家綱公が手掛けたのが築地海面の埋め立てでした。しかし、それは困難を極めました。堤防をどんなに築いても、大波によってさらわれてしまったのです。 ある夜のことでした。海面を光りながら漂うものがあり、船を出してみるとそれは稲荷大神のご神体でした。 人々はさっそく社殿を作って、盛大なお祭りをして祀ったところ、それからは波風がおさまり、築地の埋め立てはスムーズに行われたのでした。 そのご神体を祀ったのが「波除稲荷神社」です。 それ以降、災難を除き、波を乗り切る「波除けのお稲荷さま」として災難除け、工事安全、厄除け、商売繁盛などにご利益があるとして地元の信仰を集めてきました。 築地が今日のように繁栄したのも、築地の一角にあるこの小さな神社のおかげという人が多いくらいです。 お正月の初セリで体長約2メートル、体重222キロのクロマグロに1億5000万円を超える値が付けられる日本最大の市場。 神社のご利益はどれほどのものなのでしょう。 |
玉子塚と天照大神・大国主命・少彦名命・天日鷲命の四柱を祀る末社 日本人が大好きなエビを供養するために建てられた海老塚
お参りの後はやはりお寿司や魚介類の丼を食べないと…
大きな神社を想像している人には驚くほど敷地も小さい神社ですが、その所縁は前述のとおり、江戸の埋め立て事業に欠かせないほどの影響力をもっていました。 鳥居をくぐると左右に「獅子殿」と「摂社・弁財天社」があります。獅子殿に鎮座するのは重さ1トンにもなる厄除け天井大獅子。御本社創建とときを同じくして祀られた摂社にはちょっと珍しい「お歯黒獅子」があります。紅色の肌にお歯黒を施し、金箔押しの巻き毛と、堂々たる姿を見せています。 そして、いかにも食・魚介類の市場らしいのは、さまざまな“塚”が境内にあること。 「魚がし碑」は魚がしが築地に移転してきたときの奉納碑で、大正14年4月に建てられています。 「玉子塚」は平成5年に東京鶏卵加工業組合が創立三十周年を記念して建てたもの。テリーさんのお兄さんをはじめ、築地にはたくさんの玉子焼き店があるのだから、当たり前かも。 「海老塚」は昭和48年に「東天会てんぷら料理協同組合」と「海老の大丸」によって建立。やはり、毎日新鮮なエビを料理してますから…。 「すし塚」は昭和47年に東京都鮨商環境衛生協同組合が建立。そのほかにも「鮟鱇(アンコウ)塚」「活魚塚」などがあります。 これらはお魚を扱うプロたちが建てたものです。 しかし、お寿司やお魚料理が大好きな人も、この神社でパワーを授かるだけでなく、お魚さんの供養をしてもいいかもしれませんね。 |
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。