多摩川を臨む立川段丘に位置する谷保天満宮は、東日本最古の天満宮です。菅原道真の三男・道武が父を祀るために建立したのが903年のことだと伝わります。そして、この天満宮こそ、ドライブ好きならぜひ訪れたいパワースポットなのです。
拝殿右側に吊されたたくさんの絵馬
タクリー号が描かれた交通安全絵馬
ケヤキ、エノキの森の中にある谷保天満宮
このコラムの読者なら、ドライブ好きだと思います。
おでかけマガジンを読んで、「次はどこに行こうか」と、ご夫婦やカップルで話し合っているのではありませんか?
ところで、日本で最初のドライブはいつごろで、誰が行ったかをご存じですか?
1907年(明治40年)、日本初のガソリン自動車が誕生しました。
世界では19世紀に蒸気機関車が生まれ、蒸気自動車の技術開発も進み、さらに電気自動車やガス燃料自動車といった自動車も研究されました。
これらの研究の成果として、1985年に試運転に成功し、1986年に特許が認められたのが、ベンツによる世界初のガソリン自動車です。
日本は約20年遅れで、独自のガソリン自動車を生み出したのでした。
その背景には、「自動車の宮様」と呼ばれた有栖川宮威仁(たけひと)親王殿下の尽力があります。
親王は東京自働車製作所の吉田眞太郎氏に協力を求め、その期待に応えたのが国産吉田式自動車でした。
日本初のガソリン自動車はガタクリ、ガタクリ走るという理由から、「タクリー号」と呼ばれたそうです。
谷保駅(駅の名前は「やほ」です。不思議ですね)側の駐車場から鳥居をくぐって石段を降り、車祓所から拝殿に向かうと、右側にものすごい数の絵馬が架かっているのに気づきます。
それらの絵馬の中で断然目立っているのが交通安全絵馬です。そこにはブルーのタクリー号が描かれていました。
もちろん、天満宮ですから他の天満宮と同様、牛の像が境内にあります。
「使いの牛」と呼ばれ、道真が丑年だったから、太宰府に下る時に牛に乗っていたから、牛を愛育していたから…などのさまざまな説がありますが、天満宮といえば「牛の像」です。
しかし、谷保天満宮では牛と同様にタクリー号もシンボルとなっていました。
「使いの牛」が奉納されています
拝殿にて交通安全を祈願しました
交通安全守も各種あります
1907年に完成した日本初のガソリン自動車タクリー号。谷保天満宮の社務所でいただいた資料にはおもしろい記述がありました。
第1号車のオーナーは有栖川宮威仁親王。第2号車のオーナーは井上馨(長州藩出身の政治家であり実業家)、第4号車が大日本ビール(現サッポロビール)、第10号車が福沢諭吉(子息駒吉)となっているのです。
蒼々たるメンバーが日本初のガソリン自動車のオーナーに名を連ねています。もちろん、これほどに自動車文化が発達する前、それも最初の数台ですから、その値段は驚くべきものであったはずです。しかし、欧米の例から馬車や人力車の時代から自動車の時代になると先人たちは読み、自動車開発への協力を惜しまなかったのだと推測されます。
翌年の1908年、日本で初めての自動車による「遠乗会」が開催される運びになります。
8月1日。日比谷公園に集合すると有栖川宮邸に参邸。その後は甲州街道を進み、立川までドライブをしているのです。
当時の資料によると、有栖川宮親王殿下のクルマを先頭に、3台のタクリー号、フィアット社製自動車、フォード社製自動車、メルセデス製自動車が続いたとのこと。
ちなみに親王殿下のクルマはタクリー号ではなく、イギリス製のダラック号だったそうです。
新宿から立川方面に向かう甲州街道は、今のように広くなく、古い街道だけに両側の樹木はうっそうとしていたといいます。でも、それが真夏の日にありがたく、殿下を先頭に木陰の中を進みました。
沿道には日本初のドライブの噂を聞きつけた人々が集まり、連なるガソリン車に驚きの声をあげ、国旗を振って歓迎したと当時の新聞記事にあります。
やがて一行は、谷保天満宮に到着。ドライブの安全を祈願し、境内の梅林に設けられた席でのランチとなりました。
この席では日本のこれからの自動車産業の発展や、自動車クラブの発足などに関わる言葉が飛び交ったようです。
また、「傍ら清水に投げ込んで冷こくなっているのも嬉しい(東京朝日新聞記事より)」ビールやサイダーが振る舞われたといいます。
あら、飲んでからも運転したのかしら…と思うのは私だけの邪推でしょうし、まだ交通ルールもなかった時代の1コマです。
現在、境内の梅林には記念碑が立っています。
この時にドライブ成功を祈願したことが、谷保天満宮は亀戸天神社、湯島天満宮と並んで関東三大天神と呼ばれるだけでなく、「交通安全発祥の地」とも呼ばれている理由です。
社務所に掲示されたドライブ記事
復元されたタクリー号もありました
ランチ会が催された梅林
谷保天満宮には五日市方面から都心に戻る時など、何回も前を通ったことがあります。しかし、実際に立ち寄ったことはありませんでした。それは、街道からは「小さな神社」としか見えなかったためです。
今回、初めて谷保天満宮を目指して、まるで先人たちのようにドライブをしました。
駐車場があるので、お参りにも便利です。
クルマを止めて境内を散歩すると、なんといっても目立つのはみごとなニワトリたちです。午前の早い時間ということもあるのでしょう。ニワトリが雄叫びをあげ、その後に羽根をばたばたとしています。観察していると、茶色のニワトリ、白いニワトリなどが数多くいるのがわかりました。
周囲は住宅地。その一角にある天満宮ですが、かつてはスギを主体とした森の中にあったようです。今では住宅地に残されたわずかな武蔵野雑木林といった風情で、ケヤキやムク、エノキの木に囲まれています。
ニワトリは林に囲まれた環境の中、とくに囲いがあるわけでもないので、境内を自由に歩きまわっていました。
鳥居から石段を下がれば右側に拝殿、本殿、社務所、弁天池やあじさい園があります。左手には神楽殿。
お参りを終えたあとに神楽殿から上がれば梅林が広がっています。ここが、日本初のドライブにおけるランチ会場になりました。
有栖川宮の碑や、『週刊新潮』に休むことなく逝去するまでに1614回も連載を続けたコラム・日記「男性自身」などで知られる山口瞳の碑があります。
こぢんまりとしていますが、見所の多い神社でもあります。
ただし、周囲に飲食店や参道のみやげ店などは見当たりません。それは、参拝後のお楽しみとして国立駅方面に向かったほうがいいかもしれません。
交通安全を祈願し、その後にランチなどを求めてドライブを続ける。それもまた、いいものです。
【おでかけのヒント】
●谷保天満宮
http://www.yabotenmangu.or.jp/
●国立市内商店会マップ
http://www.city.kunitachi.tokyo.jp/sangyo/sangyo/1481692412549.html
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。