蔵王温泉にある「すのこの湯かわらや」は、全国でもまれな、浴槽からそのまま源泉が湧き出ている「ぶくぶく自噴泉」だ。温泉宿が全焼するなか、この湯小屋だけが奇跡的に延焼せずに残った。その温泉の新鮮さは本当に“奇跡の湯”だった。
所在地:山形県山形市蔵王温泉43
TEL:023-694-9007
●泉質:酸性・含鉄・硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物温泉
●源泉温度:48.1度
●湧出量:不明
●pH:1.7
●日帰り入浴:(5月~9月)8:30~20:30/(10月~4月)9:00~20:00
●日帰り料金:400円(子ども200円)
所在地:山形県山形市蔵王温泉43
TEL:023-694-9007
●泉質:酸性・含鉄・硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物温泉(硫化水素型)
●源泉温度:48.1度
●湧出量:不明
●pH:1.45
●日帰り入浴:6:00~22:00
●日帰り料金:200円
本格的な冬が到来した。
今年は積雪量も多く、スキー場もシーズン初めから賑わいをみせている。
雪国育ちで、幼いころからスキーに親しんだ私にとって、山形県の蔵王温泉は特別な場所だ。
小学生の低学年から毎年蔵王のスキー合宿に通い、かなりの時間を雪山で過ごしてきた。
蔵王で思い起こされるのは、樹氷の見事さだ。
ロープウェイで地蔵山の山頂付近に上がれば、スノーモンスターの異名をとる、さまざまな形状をした樹氷に出合うことができる。
日本海沖の水分を含んだ空気が地蔵山をはじめとする山脈を越えるとき、横なぐりの激しい風となってアオモリトドマツに吹き付ける。水分は枝に当たって立ちどころにつららのように凍りつき、木々は日が経つにつれ、モンスターのように姿を変えていくのだ。
12月下旬から3月上旬までの50日間程度、17時~21時まで夜間のロープウェイ運行が行なわれる。樹氷が美しくライトアップされ、漆黒の闇の中に無数に浮かび上がる姿は圧巻だ。冬の人気イベントとして、好評を博している。
もうひとつ、蔵王温泉の思い出となっているのが、温泉街に立ち上る温泉の水蒸気と強い玉子臭だ。
子どもの頃から親しんでいる匂いだから、違和感はまったくなかったのだが、大人になって全国の温泉めぐりをしているうちに気がついた。これほどまでに濃度の高い、匂いの強い温泉地は、そうめったにあるものではない。
蔵王温泉の大きな特徴は、“泉質の強さ”にあることを、多くの温泉地をめぐって実感した。
こうした思い入れの強い蔵王温泉だけに、おおよその温泉施設については知っているつもりだった。だが、自分が著者となる温泉の単行本を手掛けるにあたって、自噴泉の調査をしていたときに、思いがけない情報に突き当たった。
蔵王温泉に、浴槽そのものが源泉になっている湯船があるという。
これは、地元に居ながらにして、まったく気づいていない温泉の形態だった。
単行本では、浴槽の底や側面から源泉が湧き出ている温泉を「ぶくぶく自噴泉」と名づけ、全国の温泉地をめぐってその浴槽を訪ね、紀行文としてまとめることになっている。
情報の真偽を確かめるために、蔵王温泉へとクルマを走らせた。
目的地の「かわらや旅館」は、じつは平成22年3月に、火災に遭った宿だった。
未明に起こった火事は建物のほぼすべてを燃やし尽くし、しかし、奇跡的に湯小屋だけは延焼をまぬがれた。
再建がなったのは、約1年後の23年5月2日。
名称を「すのこ湯かわらや」と変え、14室あった客室を2室のみとして、日帰り入浴を中心とした施設として甦った。
源泉であり浴槽でもある湯小屋の位置は、依然とまったく変わっていない。
損傷した湯小屋の壁板を貼り替え、浴室の外側に別途シャワー室を設けた。
湯船の大きさも場所も以前のままだ。
復活した湯船に足を踏み入れたとき、その湯の清冽な透明度に息を飲んだ。
蔵王の湯は強酸性で、やや白濁している印象が強かった。
しかし、目の前の浴槽の湯はやや青みがかった透明で、湯底のすのこがはっきりと見えるのだ。
湯がどこからも注ぎ込まれている形跡はないのに、床面と同じ高さの浴槽の縁から、どんどん湯があふれ出ている。すのこの下の湯底から温泉が湧いている証拠だ。
泉温はやや熱めだがちょうどいい温度。
なめると強烈な酸味がある。
湯に体を沈めたときに驚いたのは、あの強酸性の湯特有のものと思っていた、肌を刺すようなピリピリ感がまったくないことだった。
強酸性の湯は肌への刺激が強い。
それが温泉の常識だと思っていた。
しかし、酸素に触れていない湧いたばかりの源泉は、白濁していないばかりか、肌への刺激も少ない。
これは新鮮な驚きだった。
蔵王の湯のなかでも、このかわらゆの温泉は、特別だ。
それは入浴した湯の新鮮さを体験してみればすぐに実感としてわかる。
入浴後、かわらゆの素晴らしさについて若女将と話していると、彼女は言い伝えめいたことを語りはじめた。
「この自噴泉は、先祖代々、いじってはいけないと言われています。浴槽の大きさも、横幅も、深さも」
全国の「ぶくぶく自噴泉」を取材しているうちにわかったことだが、湧出する温泉の温度と浴槽の大きさには大きな関連性がある。
源泉温度が高く、湧出量が多ければ、適温に冷ますためには、浴槽は自ずと大きくなる。しかし、温度が低く、湧出量が少なければ、適温を維持するために浴槽を小さくするか、冷泉と割り切らざるを得ない。
冷ますために水を加えたり樋を使う、もしくは、温度が低いために加温して人工的に温度を調整したものは「ぶくぶく自噴泉」とは言えない。
浴槽のちょうど頃合いのいい大きさが、適温で適量の湯船になるのだ。
「かわらゆ」のぶくぶく自噴泉は、まさにこの大きさが適当だった。
だからこそ、先祖代々、大きさや形状を変えてはいけないと言い伝えられてきたのだ。
家屋全焼という大きな災難に見舞われたにもかかわらず、わずか1年で再建に至ることができたのは、浴槽が延焼をまぬがれたという“奇跡”に依るところが大きいのかもしれない。
だが、それ以上に、源泉を守り抜こうとする湯守の強い意志があった。
「かわらや」の温泉につかっていると、その心意気を深く感じられるのだ。
それだけの価値のある泉質であり、浴槽であり、宿である。そう、しみじみと思った。
「かわらや」は、蔵王温泉街の須川神社に上がっていく高湯通りの1本右通りのどん詰まりにある。宿の目の前に駐車場はあるが、道が細く、わかりにくいので、クルマで現地に向かうのはあまりおすすめできない。温泉街の駐車場から徒歩で向かうのが賢明。もしくはホームページのアクセスページを参照のこと。
http://www.kawarayaga.com/map.html
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
ブログ「デュアルライフプレス」http://blog.duallifepress.com/