8月に行われた東京深川、富岡八幡宮の例大祭。圧巻は54基の神輿が連なる各町神輿連合渡御だ。門前仲町、木場、東陽町、新川をはじめとする深川下町界隈を練り歩く大神輿54基を支えるのは和太鼓の響きだった。
門前仲町、木場、東陽町、白河、永代、新川、枝川…東京の下町に詳しい方なら、これらの町がけっこう広範囲なのをご存じかもしれない。
これらの54の町は富岡八幡宮を氏神様とする地域だ。
通常の年はそれぞれの町ごとに夏祭りを行う。
しかし、3年に一度の富岡八幡宮例大祭は異なる。54の町から大神輿が富岡八幡宮に集結し、そこから列をなして54の町を練り歩くのだ。
370年の伝統を誇り、赤坂日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに、江戸三大祭のひとつに数えられるだけに、祭り期間中は活気が満ちる。
とくに、神輿連合渡御の日は別格だ。神輿の担ぎ手、サポートする仲間、そして見物客が早朝から集まって独特の熱気を帯びた雰囲気を醸し出す。
朝7時半、その年の1番となった町から順番に富岡八幡宮を出発していく。54番目の神輿が出発するのは午前9時前後になる。
町によっては先頭を小さな子どもたちが務める。錫杖(しゃくじょう)をチャリンと突きながら歩みを進め、その後ろに50名ぐらいのハッピ衆によって担がれた神輿が続く。
朱色、漆黒色、鳳凰、金、銀…。大きさも町によって異なる、さまざまな町のシンボルの神輿がずらりと続き、ワッショイワッショイの掛け声とともに進む様は壮観のひとことだ。
永代通り、大門通り、石島、清洲橋通り、新川、永代橋とめぐり先頭が再び富岡八幡宮に戻ってくるのは午後1時。5時間を超える神輿の長旅になる。
この祭り、「水かけ祭り」の別名があるとおり、沿道には子ども用のプールや樽、水道の蛇口から直結されたホースが並ぶ。
神輿がやってくると、沿道の人々は遠慮なしに水をかける。
もちろん、観光客にも若干の水がかかる。しかし、それも風情。イヤな顔をする観光客はほとんどいない。
真夏の祭りだけに、担ぎ手も身体を冷やす必要があるのだろう。魔法の冷水(?)を浴びた担ぎ手は、再び力を取り戻して、ひときわ大きなワッショイの掛け声とともに、富岡八幡宮をめざして進んでいく。
かいた汗が沿道からかけられる水に流され、全身ずぶ濡れになったハッピ衆によって運ばれた神輿が富岡八幡宮の前に戻ってくる。
神輿を八幡宮の御本殿方向に向け、一礼してから永代通りを木場方面に向かい、最初の交差点で神輿連合渡御はひと段落。そこでは“締め”とばかりに大量の水を豪快にかけられる。
そして、神輿はそれぞれの町へ帰っていく。
この締めくくりの場所にいるのが和太鼓なのだ。
ドンドンドン、ドンドンドン。リズミカルに、心へ響く。
そういえば、初めて和太鼓に心ふるえたのはパキスタン・カラチでのことだった。
ぼくはそのころ、カラチの日本国総領事館で働いていた。
広報室ではときおり日本関連イベントを開催する。
たとえば、その後にぼくが出版社勤務を希望するきっかけとなった「日本の絵本展」や、「男はつらいよ上映会」、「生け花展」といったたぐいだ。
パキスタン人の日本への興味は深く(当時のパキスタンは映画以外の娯楽が少ないことも関連したと思う)、どのイベントもたいてい盛況だった。
そのなかで、圧倒的な迫力でパキスタンの人々を熱狂に包んだのが和太鼓だった。
それは1969年に佐渡で結成された和太鼓集団「鬼太鼓座」だったと思うのだが、記憶は定かではない。鬼太鼓座のホームページにパキスタン公演の文字はないから違うのかもしれない。
大小さまざまな太鼓が生み出す迫力のある音と、演奏者の鍛え上げられた肉体、正確さ、組織としての動きには驚嘆した。
ぼくが初めて見る光景が目の前にあった。
パキスタンにもいろいろな楽器がある。
プーンギと呼ばれる笛(蛇使いの笛でもある)、弦楽器のシタール(インド映画の曲にも頻繁に使われている代表的楽器)、そして打楽器のタブラなどだが、太鼓だけで観客を魅了する文化はほとんどない。会場に集まったパキスタンの人々の目が釘付けになったのも納得できた。
鬼太鼓座をはじめ、日本の太鼓の公演は、世界で称賛されていると聞く。和太鼓は日本人だけでなく、世界の人々の心にも響くのだろう。
富岡八幡宮例大祭のときに友人を連れていった。
連なる神輿と派手にかけられる水に目を輝かせていた友人に、祭りの後で感想を尋ねてみた。
「和太鼓がやりたい!」
これが第一声だった。和太鼓がもっとも印象に残ったらしいのだ。
そこで、「和太鼓体験」「和太鼓教室」を検索してみた。
和太鼓教室でヒットする件数が66万4000件。和太鼓体験で65万8000件。
しかも、東京、京都、大阪、横浜…、とさまざまな地域も検索できるのだ。
これはもう和太鼓教室は全国に点在していると断言していい。
祭りで見られる凛々しい姿の和太鼓演奏者たち。心身ともに極めた一流演奏集団の奏者たち。
それは頂点に君臨する人だと思うが、それぞれの教室に体験入学し、メンバーとなって各地で行われる祭りで叩いたり、発表会で叩いたりと、和太鼓を存分に楽しんでいる人は思いの外多い。
和太鼓体験あるいは教室のホームページをチェックすると、対象年齢も幼児から高齢者までととても幅広い。
近年では太鼓を叩くのが目的というよりも、身体のシェイプアップを目的として参加する女性が増えているのだとか。
目的は人それぞれだとしても、和太鼓が注目されていることが、なんとなくうれしく思う。
もしかすると数年後、大きな祭りで太鼓を叩くぼくと、友人がいるかもしれない。
多くの地域に太鼓教室が点在しているので、地域を入れて「和太鼓体験」、「和太鼓教室」で検索するといい。
“教室”では入会金を支払いバチ、バチ袋、足袋などを購入するケースが目立つが、“体験”ではそれらは不要な場合が多い。
レッスン料は教室によってまちまちだが月謝1万円前後が多い。体験料金なら1000円というところもある。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。