昨年の晩秋あたりからスーパーマーケットのバター棚に「品不足」の表示が出始め、それが今でも続いています。ならば、自分でバターを作ってしまいましょう! というわけで、バター作りを体験してみます。
僕がアウトドア雑誌の編集長だったころの話だ。
北海道の天塩町から町長さん(和菓子屋さんの社長でもあった)と助役の方が編集部にやってきた。
天塩町は北海道の最北稚内のすぐ下(南)にある人口3000人ほどの小さな町だ。
話の趣旨は僕たちの雑誌でキャンプイベントを取り仕切ってほしいというものだった。
町の少ない観光施設が温泉と、その前に広がる雄大なキャンプ場(天塩川が海に注ぎ込むところにあり、海の向こうには利尻島が見える、それは美しいキャンプ場だ)。
それだけにキャンプ場でのイベントは、観光客を呼び込む町の最大行事といってもよかった。
そのために数年前から夏休み中にイベントを開催していたのだが、集客は頭打ちの状態だった。
天塩川でのカヌー体験、星空教室、アウトドアクッキングなど、それなりのイベントをしていたのだが、講師代などもかさむし、期待ほど集客はうまくいっていないという。
引き受ける以上はイベントを成功させたい。
天塩町で盛んな産業は…漁業、酪農、農業…。そこで僕は言った。
「星空観察、カヌーもいいですが、それらのイベントは本州のどこのキャンプ場でもやっています。天塩町ならではのものを行いましょう」
提案したのは「漁師さんとやる地引網」、「名物である天塩のシジミ拾い(キャンプ場に隣接する沼で行う)」、「酪農農家の見学」、「農場でのジャガイモ掘り」、「手作りバター」、そして掘ったジャガイモに手作りバターを塗って食べる!!
結果は大成功。地元の人とキャンプ客が一緒に行うキャンプイベントは、本州からも大勢のファミリー、カップルが参加した。
泥だらけになってジャガイモを掘り、乳牛の赤ちゃんに驚き、地引網に歓声をあげ、びしょ濡れになってシジミを取った。
天塩町の方々も、「うちらにとっては普通なものなのに、よそから来る人にはおもしろいんだね」と、改めて天塩の魅力を再確認するキャンプとなったのだ。
見学した酪農農家から殺菌が施されたミルクがキャンプ場に運ばれた。
それをペットボトルに3分の1ほど入れて、あとはひたすら振る。
振る。振る。振る。
でも、簡単にバターはできない。振っても、振ってもミルクのまま。
「こうやればいいじゃん」と、ペットボトルを回転させながら投げる都会っ子もいるが、結局は地道に振った人のほうが早くできる。
温まるとできにくいので、ときどき冷やしながら振り続ける。
20~25分も経つと、やっとペットボトルの中で小さな脂肪の塊が生まれ、それをきっかけに徐々に水と脂肪分が分離してくる。
その塊がバターなのだ。
熱心に、一途に振った人だけが大きなバターができる。しかし、それができない人はいつまで経ってもミルクのまま。
でも、天塩のキャンプ場には魔法の液体を持っている人がいた。
塊のできていない子のペットボトルに、トロリとした白い液体を入れるのだ。魔法の液、それは実は生クリーム。
クリームは乳脂肪分が45%前後と高いので、塊ができやすいのだ。
このコラムを作りながら、実はバター作りも実践している。
ペットボトルに入れたのは乳脂肪分45%のクリーム。42%以上の高脂肪のものを使うのがおすすめだ。
また、「乳製品を主要原料とする食品」や「植物性脂肪」のものではバターはできない。
まずは家庭でクリームを使ってバター作りを体験してみよう。
つい最近、石狩鍋を作りたくなって食材の買い出しに近所のスーパーに行った。石狩鍋ならマーガリンではなくバターを使いたい。
しかし、そこには「バターは不足」の注意書きが。こんな機会だからこそ、バター作りに挑戦すればいいと思う。
自宅でクリームを使ってバター作りを体験。それも素敵な体験だ。
しかし、天塩町で苦労してバターを作った経験のある僕からすれば、クリームから作るバターは、いわば即席体験。やはり、酪農農家のミルクでバター作りを行ってみてほしい。
非常に苦労することがわかるし、慣れてくれば味付けにもこだわりがでてくる。
市販のバターには塩分が混じっているものが多い。ところが、塩分をまったく入れないで作るバターは、単なるクリームの個体のようなもので、パンに付けてもそれほどおいしくない。
天塩町のキャンプは3回行ったから、2回目以降の体験では学習し、塩を入れながら作ったところ、パンに塗っても非常においしいバターが完成した。
まさに塩加減が決め手であるのを知ったのである。
これから暖かくなり本格的なおでかけシーズン。観光農園ではバター作り体験を行っているところも多い。
たとえば静岡県は富士山麓朝霧高原にある「まかいの牧場」では、400円でバター作り教室に参加でき、年間通して行っている人気プログラムになっている。
また、牧場のそばをドライブする機会もあるだろう。
もしも、ホルスタイン(黒と白のやつ)や、ジャージー種(茶色)の牛を飼う酪農農家を見つけたら、ちょっと勇気を出して訳をいい、可能であれば新鮮なミルクを分けてもらえばいい。加工されたミルクではできないが、新鮮な生のミルクならバターはできる。
そして、雄大な景色の中でバター作りを体験してもらいたい。
日持ちはしないが、手作りのバターはあらゆる食材をおいしくしてくれるに違いない。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。