徳川家康が訪れたときも、新婚旅行ブームで空前の賑わいを見せたときも、温泉地・熱海を見守ってきたのが來宮神社の楠木です。樹齢二千年の巨大な楠木は、全国2位の巨樹認定を受け、国指定の天然記念物にもなっており、昔から信仰の対象でもありました。
港が整備されて美しい公園となった熱海
來宮神社はJR東海道本線の山側に位置
稲荷社の前に手水舎があります
日本有数の温泉地として知られる熱海温泉は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)で、源泉総数は500本を超え、その湧出量は毎分1万8000Lを誇ります。
和歌山の白浜温泉、大分の別府温泉と並び「日本三大温泉」と呼ばれるにふさわしい規模の温泉地でしょう。
熱海温泉の歴史は古く、1500年前に魚が浮かぶのを見て温泉を発見、“熱い海”であることから熱海と名付けられたと伝承されています。
江戸時代には徳川家康が温泉に浸かっていますし、家光以降は「御汲湯」として江戸城に献上させています。
明治維新後は文人墨客たちに愛されています。その代表は「お宮の松」で知られる『金色夜叉』の尾崎紅葉でしょう。
また、庭園の美しい起雲閣には志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治などが宿泊しています。つい最近では『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹が訪れたそうです。
さらに新婚旅行ブームを背景に、熱海は空前の賑わいを見せます。しかし、新幹線や航空機の発達で遠方への旅が簡単になったこと、バブル経済崩壊などで訪問客が減少し、大型旅館の閉鎖や経営者の交代など、さまざまな変化もありました。
現在では海岸地区の整備や公園化、花火大会などのイベントの実施、個人客対応の旅館の充実、低料金バイキングスタイルホテルの人気などで温泉客は戻っています。
そんな熱海の隆盛、変化をずっと丘の上から見下ろしていたのが伊豆國霊社 來宮神社の楠木です。
本殿の手前には樹齢約千年の第二大楠があり、本殿の後ろには樹齢約二千年の大楠があります。
この大楠は幹周23.9m、高さ約26mで全国第2位・本州第1位の巨樹(平成4年環境庁調査)です。
ちなみに、全国第1位は鹿児島県の霧島地域の蒲生八幡神社の境内にある大楠です。ただし、樹齢は約1500年で來宮神社の大楠に軍配があがります。
緑を背景に佇む本殿
本殿の後ろにそびえる大楠
熱海「来宮の社」に宿る神々のささやきを聞く
――幾度も繰り返した春夏秋冬 二千年を経ても なお衰えることなく芽吹き 人々の信仰をあつめる 長寿の神木、成就の神木「大楠木」――
これは來宮神社の美しいパンフレットに掲載されている言葉です。
楠と神社の関係は、その創建から始まりました。
今から1300年前、熱海湾で漁をしていたときに網に御木像らしきものが入っていたので不思議に思っていると、「我こそは五十猛命(いたけるのみこと・営業繁盛、身体強健の神)である。波の音が聞こえない七本の楠の洞があるから、そこに私を祀りなさい。されば村人はもちろん、訪れるものも守護しよう」と現れた童子が告げました。
その後に村人が探し出したのが、すでに樹齢700年の大楠をはじめとする木々が茂る來宮神社の土地だったというわけです。
それ以来、「大楠は神の御魂がお降り願う木」として信仰されます。大楠に神の魂がお降りになるので、巨木を前に祈りを捧げれば、それが叶うと信じられました。
大楠が新葉をつける毎年5月には「大楠祭」が行われています。
熱海駅から来宮駅方向に向かって登り、ガードをくぐって到着する來宮神社の鳥居は、背景に広大な緑をまとっていました。
本殿に続く参道の右側には第二大楠、本殿の左奥には大楠が茂るのですから、緑がまるで屏風のように見えます。熱海の繁華街の喧騒とはまったく別の世界がありました。
鳥居を過ぎて手水舎で清めて進むと右手に御神水があります。大楠が佇む鎮守の森は、美しい水の場所でもあるのです。
熱海の人たちを、訪れる人々を守護するという童子の言葉で創建された神社です。わたしもご利益に授かりたくて、まずは本殿へ。その後に本殿右にある來宮弁天社へ。そして本殿左奥の大楠に行きました。
二またに分かれた大楠の左側は現在ではありません。しかし、右側から伸びた幹と枝は、天まで続く階段のように、逆光の中で美しい姿を見せていました。
熱海を訪れるなら一度は参拝を
境内で来福スウィーツを召し上がれ
熱海温泉の「間欠泉」
さて、ここまで記述してくると大楠の樹齢と歴史の古さから、日本古来の神社がイメージできるでしょう。たしかに、本殿などはそのとおりです。
ただし、ここは外国人観光客も多い熱海の地。実は境内や鳥居のそばには近代的で素敵なスポットがあります。
境内脇(鳥居の横)にあるのは神社直営(!)のお休み処。そして、境内参集殿脇には茶寮「報鼓」があり、赤いパラソルがいい雰囲気を醸し出しています。
これらのお店は休憩もできますが、なんといっても評判なのが「来福スウィーツ」と呼ばれる名物たちです。
來宮神社の御祭神が熱海に着いたときに、「麦こがし、橙、ところ、百合根」を供えたところ、たいへん喜ばれたと伝承されるために、それらの食材を用いて来宮駅前福道町商店街の菓子・飲食店が創ったご当地スイーツ。
『麦こがし万頭』『根っこパン』『天狗ラスク』『橙のコンフィチュール』などの人気商品を生んでいます。
これらのスイーツ目当てに來宮神社を訪れても、それだけの価値(不謹慎かしら)があると思いますよ。
また、「御守」も必見です(重ねて不謹慎な記述、お許しください)。
そのラインアップはたとえば「酒難除守」。禁酒の信仰を有する神話により、飲酒による災難から守るためのものです。必要な方もいるのでは…。
「大楠肌御守」は楠製で首から提げられます。
そして「邪虫除け守」。楠の葉は凶虫を退けるといわれるのが所以です。浮気虫、とばく虫、泣き虫…いろいろな虫除けに!
というわけで、今回のプレゼントは「邪虫除け守」です。
熱海の温泉と熱海を見守る大楠。名湯と名樹木を訪ねてみてはいかがですか?
●來宮神社
http://www.kinomiya.or.jp/#pagetop
●熱海市役所公式ホームページ「観光ガイド」
http://www.city.atami.shizuoka.jp/theme2.php
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。