873年の『日本三代実録』によれば飛騨の国司の言葉によって「愛宝山(あぼうやま)」と呼ばれ、当時から信仰の山として崇められていたのが乗鞍岳です。1645年に乗鞍岳と名称を変えた山は訪れる人が絶えません。山麓の地球パワーにあふれた源泉も魅力のひとつです。
峰々の集合体である乗鞍岳
畳平へのバス乗り場、平湯温泉の物産店
歩くに厳しい条件でした
日本には山や自然を信仰する文化があります。霊峰として古くから親しまれている富士山、阿蘇山、金刀比羅宮がある象頭山など、その名をあげればキリがありません。
<関連連載バックナンバー>
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この連載でも“自然信仰”をテーマに、地球の力が感じられるパワースポットをずいぶん取り上げてきました。
そして、本州のほぼ中央部に位置する乗鞍岳も、信仰の山として欠かすことができない存在です。
標高は3026mで日本第19位、活火山の仲間です。ただし、正確に記せば「乗鞍岳」という単体の山はありません。
乗鞍岳は長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる「剣ヶ峰」を主峰とする山々の総称。つまり、剣ヶ峰、朝日岳、摩利支天岳、富士見岳、烏帽子岳などの23峰がひとつになって乗鞍岳と呼ばれているのです。
山頂付近に火口湖が点在するのも特徴です。峰と湖が創り出す美しい景観は、“信仰の山”として守られてきたこともあり、現在でもニホンカモシカ、ツキノワグマ、オコジョ、ライチョウ、ホシガラス、イワヒバリなどが棲む環境が保たれています。
“乗鞍登山”にも長い歴史があります。807年には乗鞍三座の神に祈願して開山。1183年に乗鞍岳奥ノ院に大日如来を安置。1212年には社殿が建造されました(その後に荒廃)。
1683年には円空上人が岐阜側の平湯から初登頂、魔王岳と摩利支天岳を開山。その後に信州側からも飛騨側からも修験道が開かれています。
さらに、登山道が整備され、山小屋が建造されたのは明治末期から大正の初めのことでした。
富士見岳の山頂で出会った人
山頂でも視界は数メートルほど
平湯温泉で名物料理をいただく
乗鞍岳への登山ルートとしてクライマーに人気が高いのは、長野県の乗鞍高原からのルート、岐阜県側の平湯温泉から登るルートでしょう。
ちなみに休暇村乗鞍高原からは摩利支天岳、冷泉小屋経由で剣ヶ峰までは登り6時間20分、下り4時間10分。標高差1434m、距離8.8kmのルートになります。
平湯温泉からだと硫黄岳、畳平、肩の小屋を経由して剣ヶ峰をめざすルートとなり、登りで約8時間30分、下りで6時間40分。標高差1769m、距離14.1kmという本格的なものです。
これらのルートを走破するには早朝に出発するか、余裕をみて山小屋に宿泊をする方法しかないでしょう。しかし、日本一高度のある舗装道路の「乗鞍スカイライン」の存在が、乗鞍への登山を容易にしています。
乗鞍スカイラインはもともと高地実験用に陸軍航空本部が、1941年に計画したものでした。戦後になって県道に編入されて乗鞍公園線となり、1949年には濃飛乗合自動車が「乗鞍登山バス」の運行を開始。環境保全のために2003年にマイカーが規制されましたが、降雪時期を除いてバスやタクシーが畳平まで乗り入れています。
畳平から剣ヶ峰までの登りは1時間40分、下り1時間10分。標高差321m、距離2.7km。気軽なハイキングで剣ヶ峰の山頂にある乗鞍本宮神社にお参りできるというわけです。
私が平湯温泉から乗合バスで畳平に到着したときの視界はゼロ。大粒の雨まで降っていました。
天候待ちしている人たちが畳平の休憩所にあふれています。雨合羽に身を包み、完全装備で出発していくグループもあります。
気軽にハイキングができるとはいえ畳平の標高は2700m。夏季でも肌寒く、まして悪天候となれば体感温度はぐっと下がります。スキーを抱えて夏スキーを楽しもうという人がいるぐらいですから、残雪も各所にあるのでしょう。
防水のアノラックは用意していましたが、激しい雨に持ちそうにありません。売店で廉価のレインコートを買い、レジにてビニールテープで補強するという“荒業”を使い、剣ヶ峰をめざして出発しました。
天照大神、大山津見大神たちが祀られている雲上の神社へ、雨中の旅の始まりです。
平湯温泉のホテルの露天風呂
白骨温泉の白濁りの露天風呂
温泉が豊富なエリアで温泉玉子を
畳平から雷鳥の石碑を経由して剣ヶ峰に向かいます。しかし、雨と霧はますますひどくなり、地図に記されている「お花畑」もまったく見えません。
天候待ちをすればいいのですが、日帰り予定で山小屋を確保していないし、宿泊の用意もない現状。たとえ悪天候でも余裕をもって日帰りができる時間に出発するしかないのです。
耳をすませば水の音がします。注意深く周囲を眺めれば、うっすらと不消ヶ池が確認できます。晴れていたら絶景が楽しめただろうに…残念!
まだ、歩き出して20分しかたっていないのに、トレッキングシューズはすでに水を含んで重くなっています。休憩所にあんなに大勢いたのに、周囲を歩く人の姿はまばら。やはり、歩くのにはふさわしくないタイミングだったようです。
畳平を出発して40分ほどたったところに、富士見岳への案内板がありました。地図によるとこの地点までは30分なので、やはり雨の行軍、余計に時間がかかっています。
この地点から剣ヶ峰までは60分ですが、頂上付近は険しい山道になります。岩場もあります。霧と雨の中を60分で歩けるはずもありません。
「山では引き返すのも勇気だぞ」、仲間が叫びました。私も基本的には賛同。でも、ちょっとだけ悔しい!
そこで…。ルートを変更してすぐに登れる富士見岳をめざすことにしました。乗鞍岳は峰々の総称です。富士見岳も乗鞍岳を構成するひとつの峰ですから、ここに登れば乗鞍岳に登頂したことになります(え、ならない?)。
こうして剣ヶ峰ではないものの乗鞍岳(富士見岳ですね)への登頂を終えて畳平に戻り、そこからバスで平湯温泉に下ったのでした。
乗鞍岳のもうひとつの魅力は山麓にたくさんの温泉が湧出していることです。なんせ安房峠(あぼうとうげ・昔、乗鞍岳は愛宝山と呼ばれていたのは先に書いたとおりです)にトンネルを掘るときに、湧き出る大量の温泉に苦労したという話もあるくらいです。
山麓には平湯温泉をはじめ福地温泉、乗鞍高原温泉、白骨温泉などのたくさんの温泉があります。これらの温泉地には露天風呂や湯小屋に特徴のあるホテルが揃っています。白骨の白濁り湯に代表されるように、湯も上質で効能もたっぷり。
加えて飛騨牛や“漬物ステーキ”などの地の名物料理もたくさん。まさに地球のパワーと人の融合が感じられる温泉です。
雨で冷えた身体をあたためるには温泉しかありません。
平湯温泉のホテルの大露天風呂に入りながら、「次は剣ヶ峰まで行くぞー」と、決意を新たにした私たちなのでした。
●飛騨乗鞍観光協会
http://www.hida-norikura.com/norikura/
●畳平への乗合バスを運行「濃飛バス」
http://www.nouhibus.co.jp/
●平湯温泉旅館協同組合
http://hirayuonsen.or.jp/
●白骨温泉
http://www.shirahone.org/
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。