大型スーパーやコンビニの出現で寂れつつある全国の商店街。しかし、数々の危機を乗り越えて元気な商店街もあります。東京の下町のレトロな商店街「谷中ぎんざ」界隈は熱気に満ち、体験するのにもってこいの場所でした。
夕やけだんだんから谷中ぎんざを望む
彦丸さん、にこやかに登場!の絵
並べられた商品を見て歩く至福の時
夕日の名所である「夕やけだんだん」の上部から見下ろすと、「谷中ぎんざ」と呼ばれる約70店舗で形成される170mほどの商店街が正面になる。
面積は小さくとも、テレビでしばしば放映される人気の商店街だけに、狭い路地は大勢の客で埋まり、動く頭が川の流れをイメージさせるから不思議だ。
写真撮影をしていると、テレビクルーを引き連れた彦丸が、おなじみのピンクのベストに蝶ネクタイ姿で夕やけだんだんを降りていった。きっと、谷中ぎんざを舞台にした“食レポ”が、間もなくどこかのテレビ番組で放送されるのだろう。
前々回、このコーナーで『近代日本の基盤になった「家」を体験しよう』と題し、東京の小金井公園の一画にある「江戸東京たてもの園」に関する記事を書いた。
(http://www.smart-acs.com/magazine/15071501/nature001.php)
あそこにある建造物は移築された本物で、昔ながらの商店街も再現されており、非常に有意義な時が過ごせる。江戸東京たてもの園で過ごした時間が楽しかっただけに、リアルな下町の商店街にでかけたくなった。
そんな動機で谷中ぎんざへ繰り出したのである。
谷中に商店街ができたのは昭和20年ごろ。自然発生的に発展して商店街を形成するまでになったとホームページに解説が載る。
商店街の客は近隣に住む人々と、法事などで定期的に日暮里界隈のお寺を訪ねる人たちだった。気風のよさが特徴の東京の下町。店主や女将と訪問客のあいだには威勢のよい言葉が飛び交い、商店街は隆盛を極める。
しかし、全国の商店街がそうであるように、谷中にも暗雲垂れこめる時代が訪れる。千代田線の開通における通行量の変化、加えて大型スーパーやコンビニの進出…。ご多分に漏れず、華やかな商店街に陰りが見え始めたのである。
それでも、本来のスタイルである客とのコミュニケーションをたいせつに難題に取り組み、平成8年に放送されたNHKのテレビ小説『ひまわり』の舞台になったことなどが後押しして危機を脱出、人気商店街として活気を見せている。
名物の「元気メンチカツ」を初体験
トルコランプ製作体験も可能
飲食店の隣に延命地蔵尊があった
日暮里駅や西日暮里駅の周囲のパーキングにクルマを停車させ、谷中ぎんざには徒歩で行くのが賢明だ。商店街周囲は道が狭く、駐車場の確保は期待できないし、当てもなくクルマで乗り込んでは地元の人の迷惑となる。
さて、谷中ぎんざに近付くと、下町の住宅街の一角とは思えない活気に圧倒されるだろう。僕が訪れたときも人気のメンチカツ屋さんやお惣菜を売る店には行列ができ、新酒ワインと地酒を売る店の横では注がれたばかりの生ビールを楽しむ人々で賑わっていた。
また、店頭には特価の札がある急須や陶器、巾着袋、下駄などが並び、それらを見て歩くだけでも幸せな気分になる。
そう、ここは商店街ワンダーランドだ。
それぞれのお店に並べられた個性的な商品を目で楽しみ、名物グルメを堪能するのがいい。
ただし、ルールもある。たとえば、買い食いの途中で商品に触るのはご法度。そのほかにもゴミの持ち帰り、撮影したいときはひとこと挨拶するなどは客人のエチケットだろう。
小さな商店がぎゅっと詰まった感じの谷中ぎんざ。日々の食料品を扱うお店やスイーツ店、雑貨店などが目立つ。鮮魚店や洋品店だったところが観光客向けのお店に変わったのは時代の流れ。
商店街でとくに目立った行列は「肉のサトー」と「肉のすずき」だった。ともに名物はメンチカツとコロッケ。
谷中のメンチブームの火付け役といわれている肉のサトーでは「谷中メンチ」と「谷中コロッケ」が人気の的。
肉のすずきは和牛専門店から手作りお惣菜のお店に進化を遂げ、「元気メンチカツ」やヒレかつが評判。すぐに食べることを告げれば、小さな袋にメンチをひとつ入れてくれる。
ところで、「どっちのお店にしようか?」と考えるのは無駄。どちらのお店のメンチであっても、食べている人の顔は幸せ感が一杯なのだ。ならば、どちらも食べればいい。どちらのメンチに軍配があがるのか、それともどちらもお気に入りになるのか。それは食べた人次第というものだ。
ちなみに僕の場合は…、やはりここで書くのはヤメにしよう。それは自分の舌で確かめてみて。
商店街を歩いていると、“販売するだけがすべて”でないことにも気付く。トルコランプ専門店「らんぷ家」では手作りランプ教室を開催。美しいトルコランプの製作が可能なのだ。これぞまさに下町商店街ならではの体験かもしれない。
根津神社のそばで見つけた小さなお店
古民家を利用したカフェもポツリと
根津協会は外観だけでも楽しめる
谷中ぎんざ商店街だけがこの界隈の名所ではない。不忍池から根津神社、千駄木周辺と昭和の面影が残る下町は広範囲におよぶ。
谷中、根津、千駄木から1字をとって「やねせん」と呼ばれるこの地域は、近年では国内に限らず外国からの観光客も注目するエリアになっている。
「下町風俗資料館」「横山大観記念館」「竹久夢二美術館」「森鴎外記念館」「岡倉天心旧居跡」「大名時計博物館」などの見学スポットが多数点在しているだけに、銀座や六本木などの繁華街とまったく異なる日本らしい風情を残す街並みが脚光を浴びるのも当然だろう。
僕の場合はやねせんの観光施設を訪ねるのは次回に譲り、へび道(旧藍染川)や根津神社の周囲の住宅地を散策してみた。
すると、実に多くの発見があるのだ。
小さな神社、お地蔵さま、木造の教会…。歴史を感じさせる古い家に、古民家を再利用した小さなお店…。
とくに住宅街にポツンとあるカフェやこだわりの書店などとの出合いは、自分だけの秘密基地を見つけたような気分になった。
夕やけだんだんをスタート地点に設定した万歩計は、すでに1万5000歩を超えていた。それでも、疲れを感じるよりも“歩いてみたい”という欲求が勝る。
ある路地では、眠そうなドラ猫と遭遇した。それだけのことでも、「下町散策ならではの光景だ!」と思ってしまうのだから、下町という言葉のもつ独特のイメージは深く、計り知れない大きさをもつ。
気ままにお店に立ち寄り、住宅地のあいだを抜け、カフェで休んだやねせん散策。振り返れば、ずいぶん多くの人と話したのが印象的だった。
店員とのやりとりもおもしろければ、街の人が気軽に話しかけてきた場面もあった。肩に付いたてんとう虫を指さし、「このあたりには多いのよ」と、その地域に住んでいると思われる老女が笑いながら教えてくれたのだ。
地域に触れるということは、そこに住む人々とも触れ合うこと。東京の下町にはそんな風情があった。
●東京下町レトロ 谷中ぎんざ
http://www.yanakaginza.com/
●東京の観光公式サイト 谷中・根津・千駄木エリア
https://www.gotokyo.org/jp/tourists/areas/areamap/yanaka.html
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。