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中国の長安(現在の西安)を東の起点に西欧まで続く道がシルクロードです。ここを旅しているときに、シンセサイザーとオカリナの音色が、なぜかずっと流れていました。帰国後に調べてみるとオカリナ制作体験ができる施設もあって…。

西安観光の目玉、秦始皇帝の兵馬俑


三蔵法師が持ち帰った経典を保存した大雁塔


小学校低学年のころ、父が誰かから茶色をした変ったかたちの楽器をもらってきた。

当時、父は児童文学の編集者をしていたのだが、創作童話の作家とずいぶん深い付き合いがあり、その関係でときどき変わったものを家に持ち帰ってきた。

僕ら兄弟を前に、父はさっそく楽器に口をつける。息を吹き込んだときに流れる音色は、リコーダーとは異なるのだが、穴を指で順番に押さえることでリコーダーのように音階を刻む。それが初めて見るオカリナだった。

ある児童文学作家が山に暮らし、オカリナを作成しながら創作活動をしていた。出版が縁となって父と親しくなり、手作りのオカリナを頂戴したというわけだ。

ウィスキー好きの父は、ほどよくアルコールがまわって気分がよくなると、必ずオカリナを取り出して1曲奏でた。そのオカリナは釉薬によって上品な薄茶色に仕上がっていた。実によく手に馴染むのも、手作りならではの繊細な特徴だった。

そのオカリナはずっと父の書斎の棚にあったと思う。記憶が不確かだが、父が天国に行ったときに、棺の片隅に入れたはずだ。それほど、そのオカリナは父にとって心を癒してくれるものだったのだろう。

僕にとってオカリナは父を通じて身近になった。しかし、当時はオカリナという言葉もそれほど普及していなかった。

それが世に広く知られるきっかけになったのは、オカリナ奏者・宗次郎によってだろう。

NHK特集で『シルクロード』が放送されたのは1980年代前半と1988~1989年のことだ。中国の長安(現在の西安)を東の起点として地中海沿岸の町まで続くシルクロードは、結果として貿易のための道だけに止まらず、さまざまな文化が混じり合い、いくつもの史跡を残している。

壮大な映像に重なるのは石坂浩二のナレーションと喜多郎のシンセサイザーだった。

そして、NHK特集『シルクロード』の関連特集として1986年にNHKで放送されたのが『大黄河』である。その音楽として話題になったのが宗次郎のオカリナだった。

大雁塔から西安の街を望む


唐代に完成した西安の城壁


キャラバンの像が街の一角にある


NHK特集の『シルクロード』、『大黄河』が放送されたとき、僕は20代だった。編集の仕事に追われる若手編集者だったが、どんなに忙しくても購入したばかりのビデオデッキへの録画を忘れなかった。

予約するのはNHK特集、シルクロードと大黄河には思い入れがあったためだ。

出版社に勤務する前、僕はパキスタンの在カラチ日本国総領事館で働いていた。

その頃、中国とパキスタンを結ぶスーパーハイウェイ(シルクロード)が再開通された。そして、作家の井上靖さんがいち早くやって来た。総領事館の若手である僕は、井上靖さんの送迎を担当した。

井上靖さん(1907~1991年)は新聞社勤務時から小説を発表しており、『闘牛』で芥川賞を受賞。アウトドア好きには穂高岳を舞台にした『氷壁』が人気である。

一方で遣唐使たちの招きによって日本をめざしたものの渡航は困難を極め、それでも日本に渡った鑑真を物語る『天平の甍』、西夏が力を付けてきた時代の中国西部と敦煌文書を題材にした『敦煌』など、シルクロード全盛期の中国西部を舞台にする小説を発表している。

僕は『天平の甍』を国語の授業で読んでおり、そのおもしろさと迫力に感じるものがあったから、カラチでお会いした時に、温厚でぽつりぽつりと言葉を発する井上靖さんの話に魅了された。

うまい具合にカラチ郊外の史跡の案内も担当したので、クルマの中で敦煌やシルクロード起点の街である西安のこともたっぷり聞けた。

それ以来、シルクロードの起点である西安をはじめとする中国シルクロードは憧れ地になった。

それから約35年の歳月が流れた。僕は中国シルクロードを訪ねるチャンスをやっと得たのだ。

航空会社の仕事で北京や上海には十回以上行っている。青島、天津、杭州、厦門などの都市も訪ねている。しかし、上海からさらに飛行機で3時間弱かかる西安は初めてだった。

西安にはシルクロード観光の目玉のひとつである、秦始皇帝の兵馬俑がある。さらに、楊貴妃が入った温泉が湧き、三蔵法師が持ち帰った経典や仏像を保管した大雁塔があり、街の中心部は頑丈な城壁が残っている。

初めての西安はまさにシルクロード起点としての名残りあふれる都市だ。これらの施設を眺めているうちに、不思議にシンセサイザーとオカリナの音色が脳裏に響いた。

こららの景色に、喜多郎と宗次郎の奏でるメロディーはマッチしていた。

イスラム文明の混じった回民街


[今回のプレゼント]
絵付けができるオカリナ


気分がよいときに父が手にしたオカリナ。シルクロードの壮大な景色の中で蘇ったオカリナの音色…。

僕はオカリナを持っていないし、オカリナのCDもない。それでも、シルクロードを旅したために、オカリナの音色が再び流れ、リビングルームでオールドパーのオンザロックを舐めながら、オカリナを吹く父の姿を思い出した。

なんとなくオカリナを検索してみたら、インターネットでもさまざまなオカリナが売られているのを知った。

値段は大幅に異なる。プラスチック製の安価なものから、粘土をこねるところから始める手作りの高価なものまで実に幅広い。

とくに、手作りのいくつかは驚くほど高価だが、解説を読むうちに作り手の気持ちやオカリナの価値が分かってくる。

宗次郎はデビュー前からオカリナを手作りしており、すでに数万本を作ったと聞いた。それらのなかから10本ほどを演奏会で使い分けているそうだ。

手作りの作品でも良し悪しはあるに違いない。造形的な美しさ、色合い…。それだけなら陶芸の世界だが、オカリナには加えて“音色”という重要な要素がある。オカリナはどこまでも奥深いのだ。

また、オカリナ作り体験を実施している教室があることもネットで知った。

本格的なオカリナに取り組む教室もあれば、キットを使って簡単にできるものもある。

そういえば父がオカリナを持ち帰った時、前日から旅にでかけていたような記憶がある。きっと、オカリナ作りを行っている作家の工房を訪ね、オカリナ作りを見学し、そしてそのひとつを手に入れたに違いない。そのオカリナには作り手の想いも封印されていたのだろう。

今になれば、オカリナを大切にしていた父の心情が、うっすらと理解できるのである。

「おでかけマガジン」より、みなさまへ読者プレゼント実施中!

「オカリーナ制作体験教室」
http://www2.wind.ne.jp/ocarina/joho/taiken.html

「ソレイユの丘 プチオカリナの絵付け」
http://www.seibu-la.co.jp/soleil/trialclass
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
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