比較的地味な存在ながら“その土地の特性”がわかる郷土資料館や郷土博物館が近ごろは見直されて、充実した施設になっています。もしも近くに郷土資料館などがあるのなら、ぜひ訪れて暮らしている地域を勉強してみませんか?
府中市郷土の森博物館の外観
1921年に竣工した町役場。洋風建築だが裏に和風建築が附属
明治天皇がウサギ狩りのときに休憩した府中宿の大店
郷土資料館や郷土博物館は、その地域の貴重な歴史や史跡と文化、暮らしぶり、地域色の濃い物産品などを後世に伝える役目を担っている。
さらに、暮らしている人々や訪れた人に、その地域のことをより深く理解してもらうという重要な役割も併せ持つ。
「ふるさと再生」が謳われた時をきっかけに、郷土資料館や博物館は建設ラッシュになり、その勢いは凄まじかったのをご存知だろうか。
1950年に日本の博物館数は300館弱だったが、2000年には7000館を大きく越える。しかも、地方自治体が設立したものは4000館を上回る。財政に関係なく、どんな市も町も、村も、こぞって資料館を建立したというわけなのだ。
しかし、すべての施設が現在でも人を集めているかと問われれば、そうとは限らない。
取材中に訪れた資料館のなかには、展示方法などが未熟でわかりにくかったり、頭の固い歴史教師の授業のように、まったくおもしろみのないところもずいぶんあった。
また、過度の設備によって「税金の無駄遣い」と陰口をたたかれているところも知っている。
その後に金銭的な負担を理由に閉鎖されたところ、市町村合併でなくなったところも数多い。
一方で展示方法などに工夫を加えて人気を得た施設や、周囲の公園施設と併せて住民たちの“憩いの場”として利用されているところもある。
郷土資料館や博物館は、閉鎖に追い込まれたり閑古鳥が鳴くところと、人気のスポットに完全に二分化されてしまったといえるだろう。
東京の西に府中市がある。府中市には「郷土の森博物館」があり、平成元年に「手づくり郷土(ふるさと)賞」を受賞。それから時を経て、全国の手づくり郷土賞受賞の施設などの中から、「手づくり郷土大賞」も受賞している。
それほど評価される施設はどんなところなのだろう。それを知るために、府中市にでかけてみた。
旧府中尋常高等小学校の教室内
有料で各種体験教室を開催するふるさと体験館
園内には小川が流れ、さまざまな植物が観察できる
鎌倉時代に北条泰家率いる幕府勢と、新田義貞が大将の反幕府勢が戦った「分倍河原の戦い」で知られる多摩川河畔からほど近い分倍河原駅。ここから博物館に隣接するプール施設に向かう真っ黒に日焼けした少年たちに混じりバスに乗った。
15分ほどで博物館に着く。博物館入場料は200円。博物館施設内のプラネタリウムの鑑賞券とセットでも400円。公営施設だけに安い!
ただし、問題もあった。到着は1時過ぎだったが、プラネタリウムの時間が合わないのだ。14時からの上映は「妖怪ウォッチ」とのコラボレーション(映像プログラムは期間で変わる)。大のおとなのおじさんが、ひとりで観るには二の足を踏む。
15時30分からだと「オーロラの調べ」になる。前半は府中で、この時期に見られる星空の紹介、後半はアイスランドやアラスカで撮影したオーロラの実写を流すというのだ。
しかし、郷土資料館でプラネタリウム開始までの2時間30分を過ごせるのだろうか。かつて訪れた郷土資料館で、2時間を過ごせたところはほとんど、ない。
チケットを販売する女性係員に時間が過ごせるかを尋ねると、ただ微笑まれる。まぁ、人の興味の深さはそれぞれだから、係員のお嬢さんが応えられないのも無理はない。
時間が余ればお茶でも飲めばいいと決め、オーロラの会を予約して敷地内に入った。
右手にはティールームを備えた博物館がある。左手を見ると古い建物が目に入る。
それは1935年に建設された北多摩地区唯一の規模を誇った、旧府中尋常高等小学校の木造校舎の一部。その奥には明治天皇がウサギ狩りの時に休憩・宿泊所として利用した府中宿の大店。さらに、明治時代創建の蔵造りの店舗や旧府中町役場庁舎が緑の中に佇む。
この連載でも、歴史的な価値のある建造物を移築した「東京たてもの園」を取り上げたが、規模は小さいけれどそれに匹敵する。
校舎の内部は府中ゆかりの詩人・村野四郎の記念館となっており、展示方法も飽きさせない。
正直なところ府中の市民ではないから、市の財政や博物館の収支は知らない。しかし、旅人の目で見れば、なかなかの施設だ。
移築ゾーンの奥には武蔵野らしい緑地が広がり(ウメが美しいとのこと)、小川も流れている。
ブラブラしていると、水着姿の親子連れとすれ違った。入場料が安いから、プールの後に散策に来たという。なるほど、市民の憩いの場にふさわしい。
博物館内の府中宿のジオラマは非常に精巧
現在の府中もわかりやすく展示
プラネタリウムは圧巻の世界だ
博物館の周囲の古民家などを見ているうちに、すっかり時間が経っていた。プラネタリウムが始まる1時間前に博物館の中に入る。
夏季限定の特別展は「京王電車がとおったころ~府中駅誕生100年記念~」で、この地域に鉄道が通った経緯がわかる。
おとな用のうんちくたっぷりの展示ボードと、子ども用のマンガ的なわかりやすいボードがふたつ並んでおり、その工夫に頭が下がる。
見応えがあるのが常設展で、2014年に完全にリニューアルしたという内容は、年代を追って府中の発展を物語っている。
市域で発見された石器や縄文、弥生の遺跡を展示しているのだが、ジオラマも精巧で興味深く見られる。
古代国府時代、鎌倉から戦国時代、府中が宿場町として賑わったころなどもジオラマやビデオが使われ、極めて“見る側”に立った展示だ。
現在府中の展示では床一面に、航空写真が設置され、多摩川、競馬場やビール工場の位置もよくわかる。
少年たちが、「ここ、学校だ!」「あ、おれんち!」とはしゃぐのが理解できる。こういうのはパソコンを前にひとりで観察するよりも、友だちとワーワー見るのが楽しいに決まっている。
さらに、自然環境の展示など、自分たちが暮らす街の様子が実によく理解できるのだ。
博物館内のミュージアムショップには京王電鉄関連グッズや、さまざまな東京に関する書籍、子どもが喜びそうな小物が並ぶ。
気付けばプラネタリウムが始まる5分前になっていた。
プラネタリウムはその夜の府中で見られる星座が映し出された。今夜、晴れていたらこんなにたくさんの星が見られるのか、と感心する。実際には府中は郊外都市だから電灯が多く、プラネタリウムほどに見えるはずもない。だが、ホントはあるんだ、と想像できるだけで幸せな気分になる。
プラネタリウムが終わり、満ち足りた気分になって門を出た。チケット売り場には女性係員がいた。
「十分に時間を過ごせるじゃないですか」、と心の中でつぶやいた。
これほどの郷土資料館はそうあるものではあるまい。でも、暮らしているところ、近隣に郷土資料館や博物館があればぜひでかけてほしい。
その土地の特徴がよくわかるはずだし、地域ならではの体験ができるだろう。
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。