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お花見の季節ですね。ところで、お花見を“散歩”ですませている人はいませんか? 日本では昔から「ハレの日」がありましたが、お花見も典型的なハレの日です。今年は日本の風習に従って、お花見弁当を持ってお花見にでかけましょう!

河津桜と菜の花のコントラストが素晴らしい


河津の露店に並ぶ干物



「キンメダイ~、ナマワサビ~」

撮影するときに、「ハイ、チーズ!」の替わりに大声で発せられる、この奇妙な合いの手。この言葉を聞いたことがあるのなら相当な“河津通”ですね! 実際に、河津を訪ねた人に、こんな掛け声がなかったと尋ねて、「覚えている」と言われるケースが案外多い。

毎年、僕は3月初旬の伊豆半島・河津の桜からお花見を始めている。開花時期が早く、ピンク色が濃い河津桜と、川岸に咲く菜の花のコントラストが好きで、春の香りが漂ってくるとでかけてしまうのだ。

河津桜は魅入るだけの美しさがあるけれど、もうひとつの魅力が地元の人たちが出す露店である。

名物の干物やわさび漬けが並び、串焼きなどの歩き食いグルメのお店も多数出店する。

そのひとつに、「記念写真」を撮影してくれるお店がある。「下田ロープウェー割引券」とプリント下部に入っているので、そのプロモート活動の一環で写真をサービスしているのだろう。

大写真は購入する必要があったと記憶しているが、小プリントなら無料でサービスしてくれる。その撮影時の掛け声が冒頭の地元名物の掛け声なのだ。

キンメダイ~やナマワサビ~で口角が広がり、誰でも笑顔になるという寸法だ。わが家には、キンメダイ~で笑顔にさせられた写真がすでに数枚飾られている。

金目鯛や干物類が名物の河津だけでなく、「桜の里」と呼ばれている場所は名物グルメが欠かせないものだ。

たとえば、信州の桜名所と名高い長野・高遠には「高遠そば」がある。桜並木とお花畑で知られる静岡・松崎には銘菓「さくら葉餅」。喜多院の桜が見どころの埼玉・川越や70種8000本の桜が咲き乱れる埼玉・美の山公園は、うなぎが名物だ。

都心だと中目黒駅周辺の桜並木であれば、そばのお店が店頭などに特別に商品を並べる。こちらは場所柄らしくグラスシャンパンなどを販売するお店も出る。

このように、大方の桜名所は手ぶらで行ってもおいしいグルメと遭遇できるのが相場だ。

だから、季節になればクルマで手軽にでかけ、屋台グルメを楽しんで、早々に引き上げるという人が少ないのも合点がいく。

しかし、今年のお花見は、もっと日本古来の姿に戻してみたらいかがだろう。「由緒ある日本お花見体験」を提唱したいのである。

花見は現在でも“ハレの日”


花見席を開放する公園も


ハレの日に似合うグルメを用意


もちろん桜の花を愛でるのがお花見だから、それに正しいも不正解もないのだが、あえて日本古来のお花見を振り返ってみたい。

日本の花見は奈良時代に貴族たちが行ったのが起源だ。本来は桜ではなく梅である。

奈良時代は遣唐使などを熱心に中国に派遣していた時代だ。そのころ梅と、それを鑑賞する文化が大陸から日本に伝わった。

しかし、日本においては平安時代に梅から桜への変化を遂げる。これが桜お花見文化の第一歩といえるだろう。

また、日本には「ハレの日」と「ケの日」があった。「ケの日」はいわゆる日常の日を指し、農業を営む人ならば農作業に精を出す日々である。

一方の「ハレの日」は日常を忘れる特別な日を意味する。その日はお餅や赤飯、尾頭付きの魚といった特別な食と酒を用意して祝った。時には庄屋などが豪勢にお金を配布したり、お餅、紅白の饅頭を振る舞ったという。それはすなわち「大盤振る舞い」という言葉になって残っている。

たとえば、お正月は典型的なハレの日だ。だから、この時に着用する着物を「晴れ着」と呼ぶ。

秋の収穫後の祝いの時も同様だ。今年の恵みに感謝を捧げ、農作業がひと段落した人々は大いにハレの日を楽しんだ。

日本各地に見られる桜は、咲けば豪華絢爛であるけれど、すぐに散ってしまう。その儚さもまた「桜の花見」の日本的文化となったのだろう。

農繁期で忙しくなる前に、人々は桜の花を愛で、大いに花見というハレの日を楽しみ、そしてその年の豊作を祝ったのだ。

貴族たちが特別な桜の下で行う優雅な宴席もあれば、農民たちが農繁期を前に集まって、それぞれが奮発して開催した花見もあるだろう。

いずれにせよ、こうして花見文化が継承されてきた。特別なグルメを用意し、満開の桜の下で特別なひとときを楽しむ。日常生活の忙しさや苦労はすっかり忘れて…これが日本のお花見なのである。

ハレの日専用の弁当箱“重箱”


夜桜名所も各地にあります


数年前にある雑誌の企画ページを制作するうえで、「伝統的な花見」を提案し、それが採用となった。

お弁当持ち込みOKの桜名所に連絡をとって取材の主旨を告げ、さまざまな準備を整えた。

本来、農民たちの花見では神様が桜の開花と同時に降りて来ると考えられていたという説が残る。

桜の花が咲くのと同時に降臨した神様にお酒やお料理をお供えし、豊作や無事を願ったというのだ。

その旨を料理研究家のみなくちなほこさんに話し、ふさわしい料理の準備をお願いした。

お酒のほかに、お花見の重箱の中には春の食材などを使った“江戸時代のお花見にはこんなものが入っていたのではないか”と想定されるお料理を用意してもらったのだ。

「カステラ玉子(白身魚の替わりにはんぺんを使って)」、「筍のうま煮」、「うどとワカメの酢の物」、「3種串刺し(キュウリ、薄味に煮た芋と海老の串刺し)」、「焼きおにぎり(味噌をごはんに混ぜてから握り、表面を焼く)」。こんなお料理がみなくちさんプロデュースのお重に、きれいに並んだ。

季節の食材に感謝しながらお料理をいただき、秋にも多くの恵みが受けられるように祈願する。そして、日常を忘れて少しだけ開放的な気分に浸る。その主旨にふさわしいお重入りお花見弁当だった。

昨今ではお花見は場所取りに苦労し、コンビニなどのお手軽な場所で購入したお惣菜が並び、缶ビールや缶チューハイが主流の単なる宴席となってしまっているケースが目立つ。

もちろん、場所取りに苦労するのは変わらないが、そこにゴザ(御座)などを敷き、桜が咲く季節のある日本に感謝し、春の食材で作ったお弁当を楽しみ、運転しないのならお酒もほどほどにたしなむ。

そして、この先も無事で来年もまたお花見ができるように祈願する…こんなお花見があっても悪くない。

みなくちさんがこしらえたお料理はあくまでも、“みなくち流”。地元の春の食材を用いて、自家製弁当を用意するのに意味がある。

ちなみに「重箱」とは二重から五重に積み重ねることができ、最上段に蓋を付けた「ハレの日のための料理を入れる箱」だ。

武家や大名たちは漆器や蒔絵のある豪華な重箱を用意したそうだが、庶民の間にも江戸時代以降は普及した重箱をお正月に棚の奥から出すだけではなく、お花見にも重箱にお料理を入れてでかける。

素敵なひとときになるとは思いませんか?

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< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
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