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あちらこちらから湯けむりたなびく別府鉄輪温泉は、石畳を歩いて散策するのにもってこいの風情ある温泉場だ。鉄輪名物ともいえるのが、温泉蒸気を利用した地獄蒸しという調理法。温泉街にある薬膳レストランでは究極の地獄蒸し料理が堪能できる。
別府鉄輪温泉(別府市有鉄輪泉源)
●泉質:ナトリウム-塩化物温泉
●泉温:99.8度
●pH:4.2
●湧出量:不明

蒸士茶楼
●住所:大分県別府市鉄輪風呂本5組
●営業時間:11:30~14:00(L.O.)/18:00~20:30(L.O.)
●定休日:水曜、第1・第3木曜、ほか臨時休業日あり
TEL:0977-85-7775


地獄蒸し工房の隣にある足湯・足蒸し。屋根付きの立派な建物だ

足蒸しは、膝から下を穴の中に入れる。入浴時間は12分くらいが目安だとか

蒸士茶楼の外観。民家を改造したような小ぢんまりとした薬膳レストラン

特注の地獄蒸し器。蒸気の量を調整して微妙な温度変化にも対応できる

本日のアミューズ(前菜)。野菜やお肉の一つひとつの素材の味がじつに濃厚

鉄輪天然蒸気 薬膳滋養汽鍋スープ。干し貝柱、干しエビ、ナツメ、キクラゲ、夏草花の入った滋味深い味わい

デザートは3種。温泉熱を利用した乾燥ストロベリーもとびきりおいしい


温泉がもたらす恩恵は、なにも入浴だけとは限らない――。

それを痛感させてくれたのが、別府温泉郷にある、鉄輪(かんなわ)温泉でのランチだった。

別府市内には、以前この連載で取り上げた明礬(みょうばん)温泉のほかにも、別府温泉、浜脇温泉、亀川温泉、観海寺温泉など、至る所で温泉が湧出している。

なかでも施設がまとまっていて、温泉街の風情を強く打ち出しているのが、鉄輪温泉だ。

別府湾沿いを走る国道10号から、九州横断道路(やまなみハイウェイ)を山側に5分ほど上がった右手一帯が鉄輪地区になる。

中心部に近い亀の井バスの待合所付近で、民間のパーキングを見つけた。

そこを起点に、すこし散策してみることにした。

いでゆ坂は、九州横断道路と並行に走る、石畳のメインストリート。

クルマでの通行も可能だが、ここは歩いて散策したい。

温泉の蒸気である「湯けむり」があちこちから立ち上っていて、温泉街を散歩する気分を高めてくれる。

坂を下ったすぐ右手に、切妻の瓦屋根が印象的な、上人湯という外湯があった。武家屋敷のような趣きで、なかなか雰囲気がある。地元の組合員が入れる共同浴場で、観光客は近くの食堂で入浴札と呼ばれる木札を手に入れる必要がある。料金は100円と格安だ。

その左隣の広場のにぎわいは、鉄輪温泉名物の「地獄蒸し工房」だ。地獄蒸しは、別府ならではの調理方法。高温の温泉蒸気を利用して、野菜や肉を蒸し上げる。

地獄蒸し釜を時間単位で借りるという方法で、500円の野菜セットなどを別に買って、自分で調理して食べるシステムになっている。食材には魚介セットや鶏肉セット、ちまきなどさまざま。釜を借りているわけだから、常連になるとスーパーで好きな食材を買い込み、ここで調理するらしい。

小学生の頃に体験した、キャンプ場での飯盒炊飯を思い出した。

野沢温泉に行くと、温泉の湯だまりを利用した野菜洗い場という場所がある。

野沢菜などはここで洗って、漬物を仕込む冬支度に入るのだ。

鉄輪では源泉から沸騰する蒸気を利用して、家の暖房や調理に活用しているわけだ。実に合理的で、無駄がない。

筋向いにある木造の立派な建物は足湯だ。

半円形の川のような浴槽に、木の座面が設えてある。

私の目が釘付けになったのは、建物中央にある「足蒸し」。

椅子に座り、膝から下を蒸気の中にすっぽりと入れる穴が開いている。ふたを開けただけで猛烈な蒸気が立ち上った。

中に足を入れて座ったら、隙間をタオルでふさぐのがコツで、なかなか温まらないばかりか、まくり上げたパンツの裾が、温泉の蒸気で濡れてしまう。

初めて見る施設に、興味津々だった。

さて、鉄輪にやってきた最大の理由は、地獄蒸しを利用した薬膳料理のレストランの評判を聞いたため。

いで湯坂の細い路地を少し入ったところに、お目当ての「蒸士茶楼」はあった。

オーナーシェフの前田進一郎さんは、別府のリゾートホテルで中国料理の料理長を務めた経歴をもつ。60歳の定年を機に独立し、この店を開業した。

このレストランが他の地獄蒸しと一線を画すのは、蒸気をより細かなシルキースチームに変え、微妙な温度調整を可能にする特注の地獄蒸し器を導入したこと。そして、地獄蒸しという調理法に、食材を50度の湯に入れて食材本来のおいしさを引き出す50度洗いや、70度の低温スチーミングを融合させたことだろう。

ちなみに、野菜や魚介など、生き物は50度の湯で洗っても死ぬことはない。むしろ、ヒートショックによって土壌菌や汚れを吐き出し、細胞は活性化する。一方、40度以下だとかえって雑菌が繁殖することになるため、温度管理には十分な注意が必要だ。

低温調理の第一人者、別府市出身の平山一政氏との出会いにより、前田さんは中華調理の調理法に新たな息吹を吹き込まれたわけだ。

食材によって調理温度を微妙に変え、食材本来の味やうまみを引き出すことに精を込めている。

2500円のランチコースで、最初に運ばれてきたのは温かいはっさくのスムージー。外皮も種も入っていてすこし苦みを感じるが、濃厚で味がしっかりしている。

前菜、点心、煮込みなど、臭みや雑味がまったく感じられず、素材本来の強い味が、ダイレクトに伝わってきた。

ごく小さな野菜のかけらでも、口のなかで驚くほどのインパクトをもって味が広がっていく。

また、雲南省に伝わる汽鍋(チーダー)を使った薬膳鶏スープは、水を一滴も加えずに、温泉の蒸気だけでつくられている。ミネラルをたっぷり含んだ、弱酸性の温泉蒸気。これほど料理に適した温泉地はほかにない。

「鯛のお頭だって、一晩蒸気に入れておけば、骨まで軟らかくなるんですよ」

源泉に支払う蒸気代だけで、ガス代もかからない究極の調理法。

近年食した料理で、これほどまでに衝撃を受けたことはなかった。

ぜひまた行きたいと思わせる凄みのある料理が、温泉の力で生み出されたことに、静かに感動した。

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最寄りのインターチェンジは、大分自動車道・別府ICより九州横断道路経由で3.6㎞、10分。渋滞時には県道11号を経由し、実相寺中央公園脇を抜けるルートがある。
店舗横に駐車スペースがあるが、いでゆ坂から入る道幅が狭いので、近くの有料駐車場を利用するのが無難。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
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