『日本鳥類目録』は、日本鳥学会が1922年に創立10周年を記念して出版、以降改訂版が出されている日本の野鳥をまとめた書籍です。2012年に発行された第7版では633種の鳥が登録されています。海も山もある自然が豊かな日本は野鳥の宝庫なのです。
庭に毎朝やってくるシジュウカラ
バードウォッチングに興じる人々
梅の花とメジロ
ぼくが通った学校は独特だったというのを、この連載でも何回か触れている。そういえば、理科の教師も非常に個性的だった。
中学校の理科の授業といえば、元素記号を覚えるのに懸命だったり、実験室でビーカーや試験管を片手にしたり、生物について学んだという方が多いかもしれない。
しかし、うちの学校は違った。望遠鏡を片手に、学校の周囲をしばしば散策するのだ。幸いにも学校の周りには森が残っており、湧き水のある場所もあった。
ここは現在では平成の名水百選に選定され、「落合川と南沢湧水群」として保護されていると聞く。
散策の目的は「バードセンサス」にあった。
「人口センサス」で使われるように、センサスとは全数調査を意味する。人口調査が人口センサスなら、バードセンサスは野鳥の生息数調査となろうか。
「バードウォッチング」という言葉なら、耳にしたことがあるだろう。これはまさに野鳥観察だ。しかし、センサスとなると個体数を数えることが主になる。
たとえば、学校周囲をぐるりと歩くうちに「スズメが何羽いたか」をカウントするのである。
うちの庭は狭いけれど、ほとんど毎日ツバキの木にシジュウカラがやって来て、ツーピーとさえずる。ほとんどの場合、ツガイで訪れる。
シジュウカラを見ているうちに、中学校の時に盛んに行ったバードセンサスを思い出した。
先日、京王線沿線の多摩丘陵地区に住んでいる友人の家に泊まり、翌日は林や田園地帯を散策した。すると、ものすごい声で鳴く野鳥を見つけた。こんな鳥は、40年以上前にバードセンサスをした時にはいなかった。
バードウォッチングをしている人に尋ねると、中国から渡って来て、住みついてしまった野鳥だという。
鳥の数と種類も昔と今ではずいぶん変わっているのかもしれない。
スズメはどこにいるのでしょう?
公園の池に浮かぶマガモ
キビタキのさえずりもかわいい
中学1年の時に初めてバードセンサスを体験した後に、理科の男性教師はぼくらに尋ねた。
「ところで、スズメは何羽いたかな?」
聞かれた生徒がメモを見直して「〇羽です」と応える。しかし、その数はまちまちで多くもあり、少なくもある。
すると、エヘンと咳払いをしてから男性教師が言った。
「実はね、スズメが遠くから見分けられたら一人前と言われているんだ。たとえば、初めての人とバードセンサスに行った時に、野鳥を見かけたら、スズメより小さいか大きいかを尋ねてみる。ある人はスズメより小さいと答え、ある人はスズメより大きいと答える。本当は全部スズメなのにね」と、笑った。
スズメといえば田んぼを荒らすなどの理由で害鳥とされた時期も長い。2007年の調査で個体数は約1800万羽と推定されている。この数字は約20年で半減したそうだ。
とはいえ、未だに身近にいる野鳥といえばスズメだろう。そのスズメの個体認識が難しいという。
左上の写真、鳥の群れを撮影しているが、ぼくの目にはスズメは1羽に見える。他はカワラヒワだと思われる。大きさもほぼ同じ。色彩も似ている。遠目ですべてがスズメだと思っても仕方ない。
理科の教師の影響で、ぼくは「日本鳥類保護連盟」の会員になった。送付される会報誌を見て、徐々に鳥の名前と鳴き方を覚えていった。それはすぐに役に立ち、山間部の渓流に行って「ツーツー滑るわよ」といった鳴き声を耳にすると、オオルリがいるとわかった。
「てっぺんハゲたか?」と森で叫ぶ鳥がいれば、ホトトギスがいるとわかった。ついでにホトトギスの習性も学んだ。この鳥は卵をウグイスなどの巣に生む。やがて、かえったホトトギスのヒナはウグイスのヒナを巣から蹴落としてしまう。こうして、ウグイスの親は自分の子だと思って、せっせとホトトギスのヒナを育てるのだ。
こんな知識が蓄積されていった。
上野公園の不忍の池に行ったときも、マガモだけでなく、さまざまなカモの種類がいるのがわかった。そして、どのカモがもっとも多いのかという調査も実施できた。
40年以上経った今でも、理科の教師から伝授された鳴き方によって、数種類の野鳥がわかる。
今朝、シジュウカラの鳴き声とは異なるさえずりで目が覚めた。「チーチーチー、チッチッチ」と鳴くのである。冬季はフィリピンなどで過ごし、夏に日本にやって来るキビタキだった。
40年前に仕入れた小さな知識が、今の人生も楽しくしてくれている。
冬に見られるジョウビタキ
都会にもいるカワセミ
目の前に現れたシマフクロウ
都会に暮らしていると、カラスばかりが目に付くが、鳴き声に注意しているとキジバトやオナガ、スズメ、シジュウカラ、メジロなども都会の住宅街に暮らしているのがわかる。
カラスだってクチバシの太い種と細い種がいる。都会で多く見られるのはハシブトカラスだ。このあたりを知ったうえで、カラスに注目すれば、あのにくらしい鳥でさえ面白く観察できるだろう。
声を覚えておき、山に行った時に出合ったカラスの鳴き声と比べてみる。鳴き声が少しにごるハシボソガラスと、鳴き声が澄んだハシブトガラスの違いに気付くかもしれない。
鳥に注目しておでかけすると、思わぬ野鳥に出合うこともある。
江東区の親水公園を散歩している時だった。池の横の木の枝に、小さな鳥が止まっていた。スズメよりやや小さいサイズだ。
近付いて行くと色が青い。思い当たる鳥はカワセミ…。しかし、と僕は思った。
かつてカメラのコマーシャルで、その連写機能をアピールするためにカワセミが空からやってきて水に潜り、魚を捕える映像が流された。カワセミといえば清流がお似合いだし、清流のそばにしかいないという概念があった。
さらに近付いてよく観察すれば、完全にカワセミだった。
思わぬ出合いである。東京都において絶滅危惧Ⅱ類(準絶滅危惧)に分類されている鳥を、都会の真ん中の江東区で見たのだ。思わず興奮してしまった。
しかし、その知識がなければ、その感動も、興奮もなかっただろう。それは非常にもったいないことだと思うのだ。
北海道東部を旅していた時は、生息数約50ツガイ、140羽しかいないシマフクロウに遭遇した。
上手に撮影できなかったが、目の前に全長70cm、翼長180cmの巨大なフクロウがいたのに衝撃を受けたものだ。
自宅の周りで、そしてよくおでかけするスポットで、自分たちだけのバードセンサスをしてみたらいかがだろう。どんな鳥が何羽いるのか。次に訪れた時はどう変化しているのか。それを調べてみるのだ。
記録が溜まるごとに、見られる野鳥や個体数は変化するかもしれない。それが季節による自然のものなのか、それとも人為的な要素なのか。考察してみれば、さまざまな感想が抱けるに違いない。
そして、それは生涯に渡ってのいい記録、そして経験になるだろう。
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。