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小野川温泉は、米沢駅から南西へクルマで20分ほど、最上川源流の鬼面川沿いにある小さな温泉地だ。昔ながらの湯治場の雰囲気を残す木造建築物が点在し、共同浴場のほかラジウム玉子を作る温泉漕や足湯、飲泉所も充実している。そしてやや硫黄臭のする塩気の強い湯は、小野小町を癒した温泉として、その価値はいささかも衰えていない。
小野川温泉(温泉分析書は扇屋旅館による)
●住所:山形県米沢市小野川温泉2032
●日帰り入浴:尼湯5:00~22:00/200円、扇屋旅館8:00~21:00/夢ぐりプラン(宿泊者・日帰り昼食プラン利用者限定)1000円(旅館・共同浴場から3カ所入浴できる)
●泉質:含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉
●泉温:80.3度(協組4号源泉)
●pH:7.0
●湧出量:不明 TEL:0238-32-2521


扇屋旅館外観。司馬遼太郎や藤沢周平、浜田広介などが宿泊した108年の歴史をもつ宿

旅館組合駐車場脇にある足湯と飲泉所

瑠璃光薬師如来尊。温泉街の中心部、尼湯の裏手にある

薬師如来尊の参道入り口にある「小町の休み石」


ラジウム玉子を作る温泉漕。温泉街に何カ所か、点在している


クレオパトラ、楊貴妃と並び、世界三大美人に数えられる小野小町だが、彼女の存在はベールに包まれていて、素性が明らかになっていない。
小野小町が生きた時代は、平安時代前期、9世紀ごろと考えられている。

思いつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを

『古今和歌集』(10世紀初頭編纂)に所収されている小野小町の恋歌で、新海誠監督の「君の名は。」は、この和歌がモチーフとなっている。映画の公式ホームページでも、そのバックボーンについて公開されている。

小野小町の父と考えられているのが、小野篁(たかむら・802-853)の息子、出羽郡司の小野良真(良実とも/生没年不明)だ。

篁は、815年に父・岑守(みねもり・778-830)の赴任先である陸奥国(むつのくに/みちのく)へと赴くのだが、この頃の陸奥国は江戸時代の区分の青森地方ではない。
坂上田村麻呂(758-811)が802年に築いた胆沢城(いさわのじょう/岩手県奥州市)が対蝦夷討伐の前線基地となり、実質的には多賀城(たがじょう/宮城県多賀城市)に陸奥国府や鎮守府が置かれていたと考えられる。

小野小町の生誕伝説が残っているのが、茨城県いわき市に接する福島県小野町。

そして、山形県米沢市の小野川温泉は、小野小町が開湯したという言い伝えがある。

出羽郡司である父・小野良真の消息が途絶えたことを心配して、京を出立した小町は、838年(承和5年)に米沢へたどり着く。

小野川温泉の共同浴場「滝湯」には、小野川温泉の縁起が記された由来書が掲げてある。吾妻山を越えて米沢に入り、病に倒れた小町は、「薬師の霊夢により、この奥にいで湯が有ると教えられ、ようやくいで湯に出会います。湯道を造り、湯を滝のように湯舟に注ぎ、体を休めそして病が癒されたとの言い伝えが残されています。そののち、この地は『小野川』、湯は『湯滝』と呼ばれるようになりました。」

小野小町の来訪によって発展した小野川温泉には、小野小町が建立したという湯の神も存在する。

立ち止まり四方の景色を見渡せば 峯のいさこに波の花かな

小町が薬師堂を建立した際に詠んだ歌だ。
御本尊の瑠璃光薬師如来尊は峯の薬師を祀ったもので、いまも温泉街の中央にある共同浴場「尼湯」の傍らにあったものを、1913年(大正2年)に現在の場所に遷宮したと伝えられている。

また、薬師如来尊へと続く小さな参道の前には、「小町の休み石」と呼ばれる、休憩にちょうどいい平らな石が置かれているのもおもしろい。

小町は結局、3週間ほど湯治し、病が癒えた頃に薬師如来のお告げ通り、偶然にも吾妻川で釣りをしていた父と再会できたのだという。
この地に小野小町のなにかしらの縁がなければ、こうした史跡が伝承されることはなかったのではないだろうか。

現在、温泉街には14軒の旅館があり、町を散策するのにちょうどいい規模の大きさになっている。

まず目に入るのが、旅館組合駐車場脇にある足湯と飲泉所だ。
コップを使って湯をすくい、口元に寄せると、ほんのりと硫黄の香りが漂う。口に含むと塩味とともにミネラル分が豊富なうまみも感じられる。
泉質は含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。
現在、源泉は小野川源泉協同組合による共同管理になっていて、80度と43度の2種類の源泉が各宿に供給される仕組みを採用している。

かつて、この地を治めた上杉鷹山は、小野川温泉の泉質に注目し、温泉から塩を作ろうと試みたことがあるという。だが、塩分以外にもミネラル分が豊富で、実用化されることはなかった。
湯の注ぎ口にはたしかに塩のかたまりのような湯の花が付着しており、これを利用しようと考えた鷹山の意図は十分理解できる。

通りの片隅には、80度の源泉を使って、ラジウム玉子をつくる温泉漕がいくつかあった。土産物屋でもこの温泉卵を購入することができる。また、宿泊客は近くの商店から卵を買ってきて、自分でラジウム玉子を作ってもいい。
温泉街にどこかのんびりとした雰囲気が漂うのは、こうした施設が一般客にも開放されていることもあるのだろう。

昭和の温泉ブームに乗り切れなかったために、大型のホテルはなく、大正から昭和にかけて建造されたと思われる木造の建築物がまだいくつか残っている。
宿の後継者の世代交代に際し、これらの文化財を残していくのがどうか、小野川温泉は岐路に立たされている。

これからどうやって魅力ある温泉街に変えていくのか。
大きなポテンシャルを秘めた温泉との印象を抱いて、この地をあとにした。

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福島方面からは、東北自動車道から東北中央自動車道へ入り、福島大笹生ICから国道13号を米沢方面へ。県道151、県道254を経由して約48㎞、55分。山形方面からは県道13号を米沢方面へ。約60㎞、70分。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
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