群馬県太田市にある八王子丘陵のふもとに、行基上人開湯伝説が残る古湯がある。いまから1300年前の奈良時代に、岩の間からこんこんと湧き出ていた薬師の湯。時代を経て、いまは冷泉に変わってしまったが、温泉神社のふもとから湧き出る温泉を大切にして、上州の人々に親しまれている。
足利学校の復原された方丈と庫裏。方丈では学生の講義や学習が行なわれた
徳川家綱によって造営された孔子廟。儒学の教えから毎年11月23日に「釋奠」(せきてん/孔子とその弟子を祀って供え物をする儀式)が行なわれる
史跡足利学校
●住所:栃木県足利市昌平町2338
●参観時間:9:00~17:00(10月~3月は~16:30)
●休日:第3月曜(祝日、振替休日の場合は翌日)、年末
●参観料:一般420円、高校生210円、中学生以下無料
TEL:0284-41-2655
●住所:栃木県足利市昌平町2338
●参観時間:9:00~17:00(10月~3月は~16:30)
●休日:第3月曜(祝日、振替休日の場合は翌日)、年末
●参観料:一般420円、高校生210円、中学生以下無料
TEL:0284-41-2655
薮塚にある温泉神社。源泉はこの神社のふもとから湧き出ている
湯元薮塚館外観。野鳥料理が名物の温泉宿
薮塚館の男湯。女湯とは趣が異なる。無色透明の美しい湯が肌にさらりとまとわりつく
湯上りに館主が源泉をくんで持ってきてくれた。ミネラル分が豊富で飲みやすい
やぶ塚温泉(温泉分析書は源泉名「薮塚館の湯」による)
●住所:群馬県太田市薮塚町211
●日帰り入浴:11:00~16:00/700円(要電話確認)
●泉質:単純泉(中性低張性冷鉱泉)
●泉温:16.4度
●pH:7.3
●湧出量:不明
TEL:0277-78-2518
●住所:群馬県太田市薮塚町211
●日帰り入浴:11:00~16:00/700円(要電話確認)
●泉質:単純泉(中性低張性冷鉱泉)
●泉温:16.4度
●pH:7.3
●湧出量:不明
TEL:0277-78-2518
東北自動車道と関越自動車道をつなぐ高速道に、北関東自動車道がある。
栃木市の岩船JCTから西へと向かい、関越自動車道の高崎JCTに合流する。この開通により、宇都宮と前橋・高崎を結ぶだけでなく、水戸から長野へとつながる横断が一段と便利になった。
足尾山塊を源流とする渡良瀬川が群馬県桐生市で南東へと進路を変え、北関東自動車道と交差するところに栃木県足利市がある。
足利市は、清和源氏の流れをくむ源義国(1091-1155)が足利荘を成立させ、その子義康(1127-1157)が足利氏開祖となって領した土地だ。
足利尊氏(1338-1358)が室町幕府を樹立すると、足利氏発祥の地として重視されるようになる。
ここにはかつて、日本最古の学校として知られる、足利学校があった。
足利学校の成立については諸説あり、いまだ定まっていない。
史跡足利学校の参観時に配布されるパンフレットには、以下の記述がある。
<足利学校の創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利義兼説などがありますが、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、庠主(しょうしゅ/学長)制度を設けるなどして学校を再興したころからです。>
小野篁(たかむら/802-853)は平安前期の公卿で、小野小町の祖父としても知られている。前回の原稿で、小野小町に縁のある山形県の小野川温泉を取り上げたが、ここでまた、登場するとは思わなかった。
足利学校の孔子廟には、江戸延享時代(1746)の作とされる小野篁の木造座像がある。父の岑守(みねもり/778-830)は陸奥守であったが、篁が下野国の役職に就いた記録は発見されておらず、いまのところ篁創建説の可能性は薄いと考えられている。
室町時代前期には、足利学校は衰退しており、中興の祖として学校を復興させたのは上杉憲実(のりざね/1410?~1466?)であることは間違いないようだ。
憲実が関東管領に就いたのは1420年頃のこと。
展示された文言に、<室町時代中期、関東管領となった上杉憲実は、永享11年(1439年)に書籍及び領地を寄進し、学則を定め、鎌倉の円覚寺から快元を招いて第一庠主(校長)にするなど、衰えていた学校を大いに整備し、後の発展の基礎を築きました。>とある。
憲実は儒教の影響を強く受けていたようだ。
寄進した書籍には以下のものがあり、いずれも現在国宝に指定されている。
・宗版『尚書正義』8冊(孔子が編纂したといわれる『尚書』(書経)の注釈書)
・宗版『周易注疏』13冊(中国古代の易経の本)
・宗版『礼記正義』35冊(周末から前漢時代の礼儀作法や釋奠(えきてん)などの儀礼、それに基づく理想的な政治のあり方についての注釈書)
足利学校の正面から、入徳門、学校門、杏壇門(きょうだんもん)の3つの門を真っすぐに抜けると、孔子廟(聖廟)が姿を現す。
寛文8年(1668)、明時代の聖廟を模して、徳川四代将軍家綱が造営したと伝えられる。木造の孔子座像は、室町時代(1535)の作で、日本最古の孔子の彫像だ。
右手を進んだところにある、茅葺屋根の方丈(講義室)、庫裏(台所・食堂)、書院は、江戸中期の資料をもとに平成2年に整備・復原されたものだ。
フランシスコ・ザビエルは、自身が拠点としていたポルトガル領インド、ゴアのイエズス会への書簡の中で、「足利学校は日本国中で最も大にして、最も有名な坂東のアカデミア」と伝えている。坂東とは現在の関東のことで、キリスト教を信仰しない野蛮人が住むと思っていた国に、これほどの大学があったことは、驚きをもって伝えられたに違いない。
ところで、足利市内には温泉がなく、最寄りの温泉地を訪ねるために西隣にある太田市へとクルマを走らせた。
目的地のやぶ塚温泉は、太田市内よりもむしろ、桐生に近い。
渡良瀬川沿いに走る国道50号を北西に走り、桐生へと向かう。
20分ほどで途中を左折して県道332号に入ると、国道沿いとは思えないほどの、うっそうとした雑木林にまぎれ込んだ。
丘を越えて集落が見えてきた先に、やぶ塚温泉はあった。
5軒ある旅館のうち、温泉を引いているのは3軒。
やぶ塚温泉の歴史は古く、数多くの温泉地がある群馬県において、温泉と名のつく神社があるのは薮塚だけだ。
薮塚に伝わる温泉伝説は、奈良時代に活躍した行基上人(668-749)を開祖とする。
行基が発見したという温泉は、有名なところだけでも、有馬(兵庫)や湯河原(神奈川)、作並(宮城)、草津(群馬)、野沢(長野)、山代(石川)など全国に広がっている。
太田市観光協会が発行するやぶ塚温泉のパンフレットから引用してみよう。
<その昔、やぶ塚の地には、天智天皇の御代に行基上人によって開かれたという「万病を治す湯」が、岩の間からこんこんとわき出ていました。ある日、この温泉に馬が飛び込み、一声高くいななくと雨雲を呼び起こし天高く舞い上がりました。以来、冷泉に変わってしまいましたが、村人の枕元に薬師如来が現れ「この冷泉を沸かせば、万病に効く霊泉になる」と告げました。新田義貞が鎌倉攻めの折、傷ついた兵士を湯治させたという伝説もあります。>
新田義貞(1300頃-1338)は、足利氏と同祖、源義国の流れをくむ。
義国の長男義重(1114-1135)が上野国(群馬県)新田荘を本拠として新田氏を名乗り、弟の義康(1127-1157)が下野国(栃木県)足利荘を相続して足利氏の祖となった。
行基が訪れた際、岩の間から湧く泉が温泉だったか、冷泉だったかは定かではない。
だが、古老の夢枕に立った薬師如来を崇拝し、水を温めて入浴した経緯から、湯権現はいつしか温泉神社と呼ばれるようになり、いまも大切に敬われている。
温泉神社へと上る手前に、薮塚温泉(巌理水)の標識のある、旅館組合が管理する源泉の建物があった。
この湯は2軒の旅館に引湯されている。
メタケイ酸、炭酸水素ナトリウムを含む無色透明、無味無臭の湯で、まろやかな肌触りが特徴だ。
私が訪れたのは、湯元薮塚館の日帰り風呂。
15時をまわっていたが訪問客はおらず、館主は脱衣所の掃除を終えたばかりの様子だったが、快く迎え入れてくれた。
泉室の壁面には、古代ローマの戦車をイメージさせるタイル絵が彩られている。
まだ、湯を満たす途中のようだが、入浴するには十分な量の湯がたたえられていた。
こちらは宿独自の泉源を持ち、鉱泉を温めて入浴するのだという。
かけ流しとまではいかないが、塩素臭のまったくしない、無色透明のやわらかい湯。メタケイ酸を豊富に含んでおり、温泉法の分類では温泉に該当する。
さっぱりしていて、なおかつ湯冷めしない、いい温泉だった。
湯上りを見計らったころ、館主がコップに入った源泉を持ってきてくれた。
無味無臭のはずなのに、どこかにミネラル分のうまさを感じ、かすかな鉱物の味がする。温泉分析書にある、黄土色の浮遊物というのが、きっとこの鉱物味になっているのだろう。胃腸病にも効くという、美肌効果のある鉱泉水。
戦国時代に傷ついた新田軍の兵士は、この冷鉱泉で体を癒したのだろうか。
温泉神社とともに、源泉を大切に守ろうとする湯守の宿がここにもあった。
北関東自動車道・太田薮塚ICから、県道315線、県道69号線を経由して約5㎞、10分。北関東自動車道・太田桐生ICから国道50号線、県道332号線を経由して約12㎞、20分。やぶ塚温泉街に入ってから、看板に注意して路地を入る。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。