水を生む森はかつて徳川幕府の天領の森であり、一時は伊勢神宮の“備林”として巨大木曽ヒノキが育ったところ。いくつもの滝がある付知峡はマイナスイオンを体感できる自然の中のパワースポットです。
暑い日には新鮮な野菜が「秘水 不動の水」で冷やされていました
遊歩道が整備された付知峡の観音の滝
天下分け目の関ヶ原の合戦で勝利した徳川家康は、それをきっかけにいくつかの改革を始めています。その一つとして、豊臣家が領有していた木曽の地を、自分の領土に組み入れました。
木曽といえば山深い地です。どうして徳川家は木曽を必要としたのでしょう。ここには樹齢の高い巨大なヒノキがありました。また、伐採したヒノキは尾張(名古屋)まで木曽川で運ぶことが可能でした。
木曽ヒノキの森林は広大な面積を誇りますが、とくに“裏木曽”と呼ばれる付知、加子母(かしも)地区は代表的な地域です。
材木を確保すれば「街づくり」ができます。紀州徳川家、水戸徳川家と並び徳川御三家の一つである尾張藩領となった裏木曽の木材は、各地の城郭、城下町の建築用に伐採が行われました。
しかし、1665年になると荒廃した山が目立ってきたために、尾張藩の政策によって木材伐採の禁止、住民の立ち入り禁止などが命じられます。
こうして裏木曽の森は、天領の森として守られることになりました。
その後は「御用材」としてのみ森のヒノキは用いられています。たとえば、1838年には江戸城西之丸再建のために使用されました。
また、木曽のヒノキと伊勢神宮には深いつながりがあります。
式年遷宮(しきねんせんぐう)は今から約1300年前が起源といわれる大切な行事。20年に一度、新しい神殿を建立して神様を移すものです。
当初は伊勢神宮の周囲の山から木材を切り出していたそうですが、やがて適した木材が少なくなったために、1300年代には美濃の国から運ばれるようになりました。
こうした歴史があったために、明治以降には一時期、このあたりのヒノキの森は「神宮備林」となります。字が示すとおり、式年遷宮に使用するための木材を育てる林というわけです。
予備の“備”の字がつくのは、あくまで伊勢神宮周囲の森から木材を切り出すが、足りないときは使うという意味がありました。
その後は国有林となりますが、それでも先の第62回(2013年)の遷宮御用材は加子母裏木曽国有林から伐採されています。
付知峡を流れる美しい水は、こうした歴史のある森で生まれた水なのです。
上から見下ろす不動滝
不動明王が不動滝の上にあります
前述したように、ヒノキの森は江戸時代初期に荒廃しかけました。その後、栽培をしたという説も強いのですが、天領の森となって守られました。
現在見られるヒノキの樹齢は長くて400年といったところでしょうか。天領の森になる前より自然に生えていたヒノキは多くありません。
しかし、天領の森になってからの長い時間がヒノキの森を育て、ヒノキの森以外の場所は自然林として残っています。
付知峡は「森林浴の森日本100選」、「岐阜県の名水50選」、「飛騨・美濃紅葉33選」に選出されています。
カモシカやサルなどの野生動物が棲み、マイナスイオンに満ちる自然のパワーを感じられる場所です。
私が訪れたのは初夏でしたが、それでも道は木陰になっており、木漏れ日が筋となって差していました。クルマのエアコンが不要な涼しさで、窓を開ければ森の香りが車内に漂います。
付知峡不動滝公園の駐車場の横、滝へ続く遊歩道の横には「秘水 不動の水」と書かれた水が流れていました。手に受けて口に入れてみました。まさに、ミネラルウォーター。森に蓄えられるうちに豊かな甘みが付いています。
そこから遊歩道を下っていきます。最初に見られた滝は観音の滝でした。左手から落ちる滝が岩で砕け散り、付知川に吸い込まれていきます。
その下には高低差があまりない不動滝があります。遊歩道から覗き込むしかありませんが、見下ろす滝は迫力がありました。過去には僧たちの修行の場でもあったそうです。
不動の滝のすぐ上には不動明王が祀られています。不動滝の上の不動明王、いかにもご利益が期待できそうです。ご利益は勝負や出世、商売繁盛など。
不動滝に降りる急坂を折り返し、その先に進むと吊り橋が掛かり、川の景観が楽しめます。
写真スポットがたくさんあります
遊歩道で歩く公園内には水路も
駐車場横の食堂も立ち寄ってみては?
吊り橋などを利用して歩くひとときは、まさに森林浴といえるものでした。野鳥の声はあまり聞こえません。なぜなら、川を流れる水の音、落差ある滝の音に消されてしまうからです。
しかし、注意深く観察すれば木の枝にとまる野鳥の姿が見られます。美しい蝶もたくさん飛んでいます。
人工的な遊歩道とはいえ、それは自然の一部を借りて設けられているのに過ぎないのだと実感できました。だからこそ、遊歩道で行う深呼吸が気落ちいいのです。
不動明王を参拝し、滝見物をした後は駐車場までの登り坂が待っています。しかし、その先には山ならではのご馳走も待っているのです。
加子母はヒノキと共にトマトの名産地です。加子母トマトといえばミネラルがいっぱいの味濃いトマト。ここに来るまでに立ち寄った道の駅や産直所でもトマトは山積みにされていました。
うまい具合に訪れた日は冷水でトマトが冷やされていました。丸ごと頬張ってみると…、確かにトマトの味が濃い、そして甘みがある。ドレッシングやマヨネーズも不要です。
遊歩道入口に隣接した食堂では暑い時期には「流しそうめん」や「ところてん」が味わえます。水がいいので、これらも一段とおいしく感じられます。
また、じっくり焼かれた川魚もおいしい。食べたいものがたくさんあって困ってしまいました。
春の新緑、夏の深い緑を経て、これからの季節は紅葉が付知峡を染め上げます。美しい紅葉を愛で、滝見物をして、それからは何か温かいものをいただく。想像しただけでウキウキした気分になりますよね!
パワースポットガイドとなると、どうしてもお寺や神社の紹介が多くなりますが、たまには自然のパワーが感じられるところへのおでかけもいいものです。
自然林の紅葉と、ヒノキの森に囲まれた付知峡へでかけてみませんか? 水と空気という地球が地球であるために大切なものの素晴らしさが、改めて認識できると思います!
【おまけ動画・遊歩道】
吊り橋の上で撮影したら、ゆらゆら揺れてしまいました。でも、目線と同じですから…(笑)。
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。