山形県に近い神室岳を源流とし、宮城県仙台市から太平洋へと至る名取川。その上流に、秋保温泉はある。皇室の御料温泉に位置づけられ、古来より別所温泉(長野)、野沢温泉(長野)と並び日本三御湯と称された名湯だ。ナトリウム-塩化物泉でわずかに塩味を感じる温泉は、いまも多くの観光客を惹きつけている。
大滝不動尊。不動明王座像は東日本大震災でひびが入るなど損傷したが、15年4月には修復され復活した
秋保大滝。昭和17年に国の名勝指定を受け、日本の滝百選にも選ばれている
不動茶屋では三角油揚げをつまみながらひと息つきたい。味はしっかりついている
元湯の佐勘近くにある秋保温泉共同浴場。営業時間8:00~21:30。第4水曜定休。大人300円
秋保温泉発祥の宿、佐勘の「河原の湯」。名取川を望む源泉かけ流しの露天風呂
篝火の湯緑水亭の露天風呂。名取川の渓谷美を思わせる野趣あふれる造り
秋保温泉入口の覗橋から全長650mにわたって遊歩道が続く磊々峡。奇面巌、時雨滝など見どころがたくさんある
秋保温泉共同浴場
●住所:宮城県仙台市太白区秋保町湯元薬師100
●営業時間:8:00~21:30
●休日:第4水曜
●入浴料:大人300円、3歳~小学生200円
●泉質:ナトリウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
●源泉温度:55.2度
●湧出量:526.6?/分
●pH:7.6
●住所:宮城県仙台市太白区秋保町湯元薬師100
●営業時間:8:00~21:30
●休日:第4水曜
●入浴料:大人300円、3歳~小学生200円
●泉質:ナトリウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
●源泉温度:55.2度
●湧出量:526.6?/分
●pH:7.6
仙台市と山形市をつなぐ道路は、現在は山形自動車道を利用して笹谷トンネルを抜けるのが一般的だ。約65㎞をクルマで1時間程度で結び、通勤、通学する高速バスも頻繁に運行している。
県境には奥羽山脈が横たわり、トンネルを抜けなければ峠の山道越えをするしか横断ルートはない。
1981年に笹谷トンネルが開通する前は、北回りで国道48号線の関山トンネルを抜け、天童市から山形市へ南下するのが一般的だった。
さらに年代をさかのぼると、江戸時代には、ほぼ最短に近いルートで大東岳(1366m)の南の二口峠を抜ける街道があった。
北には現在のJR仙山線、南には山形自動車道が通り、昭和に入って林道が整備されたが、台風や豪雨による崩落で、度々通行止めとなっている。
さて、この二口峠の街道を開削したのは、慈覚大師円仁(794-864)だという説がある。
円仁は遣唐使として唐に渡り、約10年にもおよぶ苦難の末に帰国し、天台座主となった高僧だ。
東京・浅草の浅草寺や、宮城・松島の瑞巌寺の開祖と言われる。
円仁が実際にこの峠を通ったかどうかは定かではないが、二口街道沿いにある山形の立石寺(通称山寺)と、秋保大滝不動尊の開祖は、ともに円仁であると伝わっている。
もし、秋保温泉を訪れるのであれば、秋保大滝は絶対に訪れるべきスポットだ。
秋保温泉街より二口街道(県道62号線)を西へ14㎞ほど行くと、大滝不動尊の駐車場がある。
クルマを停め、まずは不動尊へ拝礼する。
縁起を記した社伝によれば、円仁は<立石寺を創建したが、途すがら大滝の壮観と森巌の気に心をうたれ、ここに錫を留めて不動尊を安置し立石寺の奥の院とする>とある。
不動堂に鎮座するのは、じつに立派な不動明王座像だ。
青銅製で高さが3.3mもあり、漆黒の肌に金色の目。睥睨されると自然に首が下がる。
不動堂の右手を回り込み、石段を下っていくと、どうどうという滝の音が聞こえてきた。腹に響くような水音は、滝がいかに水量をもっているかの証だ。
展望台から見えるのは、高さ55m、幅6mの大滝。
これほどまでに見事な滝があるとは思わなかった。
ここからさらに、山の小道を800mほど下っていくと、滝つぼの近くにまで寄ることができる。
大石を注意深くまたぎながら水面に近づくと、滝つぼまでは十分な距離があるというのに、ミスト状の水しぶきが容赦なく振りかかり、大滝を少し仰ぎ見ただけで、全身がずぶ濡れになってしまった。
滝つぼの近くには別に駐車場が設けられており、一度不動堂を離れてクルマで滝つぼ駐車場を目指すと、わずか100mほどの歩きで滝つぼへ出ることができる。
体力に自信のない人は、そちらの選択が賢明だろう。
不動堂裏の展望台脇には、不動茶屋という大正モダンを感じさせるしゃれた休憩所があった。ここでは名物の三角油揚げを食しておこう。豆の味を感じる、うま味の高い油揚げ。帰りがけに、近くの豆腐屋でも購入できる。
秋保大滝から名取川沿いを下流に進むと、秋保温泉へと至る。
秋保温泉は、仙台からクルマでわずか25分ほど。
宮城有数の観光地だけあり、大旅館のほか、観光施設があちこちに点在している。
自然や歴史を感じられるだけでなく、若い人が経営するカフェや、オーガニックな食材にこだわる店、地元の農産物を販売する秋保ヴィレッジなど、時代に対応した比較的新しい施設も多い。
いかに秋保を盛り上げていくか、という地元の人々の熱い意思が伝わってくる。
秋保温泉の歴史は古く、里伝によると、欽明天皇(509?-571?)の御代に存在していたというから驚きだ。
『日本鉱泉誌』(内務省衛生局編纂・明治19年刊行)にも、「御湯鉱泉」の名で記述がある。カナ表記を現代風に書き下してみよう。
<里伝に欽明天皇瘡を患い、医巫験なし。ついにこの泉に浴し、日ならずにて癒え、霄感あり。御製を賜う。よって御湯の名を得たり。今の湯主壽右衛門の祖は平資盛の曾孫基盛、乱を避けてこの郷に来る時、追随せし七臣の一人なりという>
約1500年前に欽明天皇が行幸しており、「名取の御湯」という称号を賜っていたことが、いまも伝えられている。
場所は四面が田野に接した平地で、湧出しているところから筧を使って浴場に導 く、とある。
さらに、名取川の水畔に近い場所にあったのが「澤ノ湯鉱泉」で、こちらはもうすこし時代を経てからのものだ
<この泉は、菖河原の湯と称す。泉竅極めて微なり。人これを知る者なし。安政二年乙卯御湯湯主佐藤勘三郎これを検出して開鑿に従事し、また呼びて玉の温泉という>
現在の湯宿「佐勘」は、御湯の湯守を務めた佐藤家が開いた宿で、伝承1000年の歴史を持つ。江戸時代以降に岩沼屋、水戸屋、佐藤屋旅館が開業し、これらは元湯四軒と呼ばれている。
佐勘の入口左手には湯神社、名取御湯碑があり、建物こそ新しいが、伝承をいまに伝えている。
秋保・里センターにある観光案内所で話を聞くと、現在、秋保の宿はそれぞれ異なる源泉をもっており、約15もの源泉が確認されるという。
泉質はほとんどが、旧泉質名でいう食塩泉だが、宿によって源泉が異なるために、微妙に湯の質が異なるというのが興味深い。
元湯近くにある秋保温泉共同浴場の泉質は、ナトリウム-塩化物泉。管理組合による秋保温泉2号・新4号の混合泉で、無色透明、香りもなく、わずかに塩味のある弱アルカリ性だった。
源泉温度が55.2度で、浴槽も45度程度と熱め。
畳2畳ほどの湯舟は4人も入ればいっぱい。かけ流しの湯が流れる地べたに腰を下ろし、熱い湯をからだにかけて湯温に慣らしながら、頃合いをみて順に浴槽に入るという暗黙のマナーを守るべし。客層はほとんどが地元の方のようだ。
水切れのいい鮮度の高い湯で、手のひらで肌に触れるとキシキシする。温まりやすい食塩泉で、熱い湯にもかかわらず、湯上りの肌がさらっとするのが特徴だ。
もう一軒、丘の上にある篝火の湯緑水亭の温泉は茶褐色で、泉質ががらりと異なる。
ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉。中性で塩味が強め。
温泉分析書に無色透明とあるにもかかわらず、茶褐色がかって見えるのは、カルシウムや非解離成分が、空気に触れて色が変わっていくからだろう。
篝火に照らされ、野趣あふれる露天風呂で天をあおぐ。
日々の雑事を忘れさせてくれる、至福のひとときに身を任せた。
翌朝、日が高く上る前に、温泉街近くを散策してみることにした。
温泉街を貫く名取川には、奇岩列石が作り出す渓谷美、磊々峡(らいらいきょう)の遊歩道が整備されている。約650mのプチ散歩。
様々な造形美を見せる渓谷は、まさに秋保温泉の象徴だ。変化に富み、ほんの少し歩いただけで、思いがけない場所で新たな発見がある。
訪れる旅人の視点によって、秋保温泉は異なる表情を見せてくれる。
秋保を知るには、たった1泊では、まだまだ物足りなさそうだ。
仙台市方面からは、東北自動車道・仙台宮城ICから国道48号線愛子バイパス、県道132号線を経由して12㎞、17分。東北自動車道・仙台南ICから国道286号線、県道62号線を経由して9㎞、13分。山形方面からは、山形自動車道・宮城川崎ICから国道286号線、県道160号線を経由して13.5㎞、20分。秋保大滝から山寺へと続く二口街道は通行止め。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。