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佐賀藩の藩祖・鍋島直茂(なべしまなおしげ)の時代以来、佐賀では磁器製造が盛んになった。そして、領主武雄鍋島氏の専用風呂として江戸時代中期に造られたのが総大理石の武雄温泉殿様湯。伝統の陶磁器と歴史ある温泉を訪ねた。

陶芸店や工房が軒を連ねる大川内山

海外で評価された作品も多い。おみやげにぜひ

威厳あふれる武雄温泉の楼門

高い天井と低くなったところに設置された殿様湯の湯船

黒と白の大理石で作られた湯船に温泉が注がれる

武雄温泉
●住所:武雄市武雄町大字武雄7425
●殿様湯
●泉質:単純温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)
●源泉温度:45.3度
●pH:8.23
●営業時間:10時~23時(受付は1時間前まで)
●入浴料金:1室1時間3800円(平日割引料金3300円)
●TEL:0954-23-2001


佐賀藩の藩祖・鍋島直茂(なべしまなおしげ)が豊臣秀吉の命によって朝鮮出兵に参加、朝鮮から陶工を連れ帰ったのが伊万里焼の始まりだ。

近年は伊万里焼、有田焼と分けて呼ぶ場合もあるが、もともとは肥前国(佐賀と長崎)で生産された磁器の総称として「伊万里焼」という名が使われた。
磁器の積み出し港の名が伊万里だったからである。

中国では磁器は紀元前から製造されていたが、日本において初めて磁器が製造されたのは1610年代と窯跡調査から推測されている。
朝鮮出身の季参平(りさんぺい、日本名金ヶ江三兵衛)が、有田の泉山で磁器の原料となる磁土を発見したのがきっかけになった。

以来、佐賀藩の鍋島家は磁器の生産に力を入れていく。
1610年代から1630年代の初期製品は「初期伊万里」と称され、白磁に青一色で模様を描いたものが主流となった。
1640年以降は鍋島藩が将軍家や諸大名への贈答用として高級磁器の製造を開始する。これらは鍋島様式、鍋島焼と呼ばれた。

1670年代には乳白色の素地に色絵を付けた柿右衛門様式、1690年代には染付の素地に赤、金などの多用な絵付けを行った製品が作られるようになる。

わずかな時間で進化し続ける磁器を守るために、鍋島藩はさまざまな対策をとっている。その代表的な場所が「大川内山」と呼ばれる生産地だ。
大川内山に佐賀藩の御用窯が築かれたのは1660年ごろだった。
伊万里の市街地からはクルマで10分ほどの場所に位置するのだが、実際に訪れてみると独特の地形に驚かされる。
後ろ三方を巨大な岩が目立つ山で囲まれている。つまり、大川内山の後ろの山を抜けて外部に出るのは困難な地形なのだ。
唯一開かれた前部に、鍋島藩は番所を設けて人や物の出入りを監視したのである。
集められた優秀な陶工たちは藩から給料を与えられ、武士同様の待遇を受けていたとはいえ、ここの独特の地形と番所によって陶工たちが伊万里から離れることを阻止できたし、特殊な磁器製造技法が外に出ることも防げたのだ。
鍋島藩の尽力によって進化した磁器。伊万里・有田の地で磁器が生れてから約400年が経つ。

伊万里焼の生産に力を入れ、その名を世界に轟かせた鍋島家の殿様が愛した温泉が武雄温泉だ。クルマなら大川内山から約22km走れば武雄温泉に着く。

町の中心にある武雄温泉は開湯約1300年以上。1300年前に出版された『肥前風土記』において、「温泉の出る巌(いわや)あり」、と記されているぐらい長い歴史を誇る。

透明で柔らかい弱アルカリ単純泉の湯は、多くの人を癒し続けてきた。
朝鮮出兵のために名護屋城に集められた武士たちも、武雄温泉で疲れを癒すために大挙して訪れたという。歴史ある武雄温泉を守るために、豊臣秀吉は名護屋城の武士たちに「入浴心得」を定めたという説も残る。
また、長崎街道の宿場町としても栄えた江戸時代には、宮本武蔵やドイツ人医師シーボルトも訪れた記録がある。
武雄温泉の温泉旅館街の奥にあり、もっとも目立つのが大正4年に完成した楼門である。温泉の入り口に立つ朱塗りの門で、釘を1本も使わずに造られた重要文化財指定の貴重な建造物だ。
設計は辰野金吾。その名を聞いたことがない人も、東京駅の設計者であると知れば、楼門もみごとなのが想像できるだろう。

その楼門を入った敷地内にあるのが、重要文化財の復元された武雄温泉新館だ。大正時代の華麗な姿が蘇り、当時の大衆温泉浴場の様子が見学できる。

同様に楼門を入ってすぐの場所にあるのが大衆温泉浴場の「鷺乃湯」で、入浴料はおとな600円だ。入浴可能時間は6時30分から24時と長いので立ち寄り入浴も気軽に楽しめるだろう。

低価格で入浴可能な共同温泉浴場あるし、宿泊施設は温泉が整備されているから、旅人は温泉を十分に堪能できるのだが、武雄温泉に来たのなら1室1時間3800円(平日割引3300円)支払って入ってみたい湯がある。

それが「武雄温泉 殿様湯」だ。

江戸時代中期、領主である武雄鍋島氏の専用風呂として造られた湯船は総大理石。白と黒の石がまるでチェス盤のように配置されている。
湯船自体はそれほど大きくない。なにしろ、ここは大衆浴場ではなく、殿様専用。大きすぎる必要がないのである。
それでいて、湯口からは新鮮な湯がぜいたくに注ぎ込まれる。
独特の雰囲気の殿様の湯を堪能し、控室として用意された4畳半と3畳の休憩室で休む。なんとも特別な温泉時間だ。
ちなみに、文政9年(1826年)に武雄を訪れたシーボルトは、鍋島氏から特別な許可をもらって殿様湯に入ったという。その時のことは、『江戸参府紀行』にて自身で記している。

それほどの格別な湯が現在では3800円で楽しめるのだ。そう考えれば安いものだろう。

武雄温泉をベースに大川内山を歩いたり、有田駅周辺の焼き物街を散策したり、陶芸・陶磁をテーマにした資料館や美術館を訪ねる。
さらに、伊万里焼の陶磁器に盛られた料理を楽しむ。
武雄温泉では温泉そのものを堪能すると同時に、日本の磁器の故郷を知る旅がいい。

とくに冬場は北海道や東北の温泉地は雪に埋もれ、ドライブも困難な場合がある。しかし、九州・佐賀県の武雄温泉なら雪道ドライブの心配はないし、高速を有効利用すれば福岡からも遠くない。
鍋島藩が築いた磁器の文化と殿様の愛した温泉をめぐるおでかけは、日本のよさを感じるものになるだろう。

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九州佐賀国際空港よりレンタカーで60分、福岡空港よりレンタカーで70分。クルマだと長崎自動車道武雄北方ICで降りて温泉街まで約5分。
< PROFILE >
篠遠 泉
出版社勤務時はスポーツやアウトドア、旅関連ムックの編集長を務める。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。旅雑誌などに連載中。
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