「インスタ映えする」と、人気なのが水族館のクラゲの展示室です。国内でも東京のすみだ水族館、山形県鶴岡市立加茂水族館など、クラゲの展示に定評があるところがあります。そこで、新江ノ島水族館に行ってクラゲを観てきました。
新江ノ島水族館の相模湾を再現した大水槽
新江ノ島水族館。こんな素敵な小窓も設置
新江ノ島水族館にはクラゲファンタジーホールがある
学生の時、水上安全法救助員の資格をとった。理由は簡単だ。救助員の資格を持っていたほうが、プール監視員のバイト代が高い。
加えて、バイト組のリーダークラスとして、ちょっと威張れる。清掃当番になるよりも、プールサイドの足高のイスの上にいられる時間がはるかに長い。
サッカー部の合宿が始まるまでの夏休み、ぼくはこの資格の威力を存分に発揮して、小学校の水泳教室や、子どもを連れていく海合宿、留学生たちと行く海の懇親合宿などの指導係や監視員を務めた。
プールや海にお金をもらっていくバイトは最高だった。もちろん、水上安全法救助員だから責任も背負う。でも、資格を取得するために、数日間におよぶ事前研修で実技と救命法はしっかり学んでいた。
水上安全法救助員にとって、いくつかの大事な泳法がある。
たとえば、溺れている人を見失わないために顔を水上に出したまま速く泳ぐ方法。
溺れている人に力任せに抱きつかれて、救助者まで自由を失わないために、潜水して近付く方法(どんなに日に焼けている人でも、 足の裏は白いので目標を見失わない)。
溺れた人を抱えて泳ぐ方法…。
これらを取得したのだ。これらの泳法は、お子さんのいる方なら覚えておいて損はない。
とくにぼくは潜水が得意だった。かなりの時間潜れたし、素潜りで深いところまで行けた。
これが海合宿で生きる。生徒や留学生を相手に、何度も岩場で素潜りをした。漁業権をもつ民宿の大将に頼まれて、海底の岩場にひそむ小さな貝を取りにも行った。その貝はみんなの夕食のおかずになり、留学生のきれいなおねえさんに感謝された。子どもたちに羨望の目を向けられた。
しかし、図に乗っている人間にはバチが当たるものである。
貝をもっと獲ってやろうと欲張って、他の人がいない岩場に潜った。ある、ある、貝が。喜んで手を出したとたんに、ウツボが目の前に顔を出した、「ウヘー」。
一気に空気を吹き出してしまい、あわてて水上にあがろうとした。そこに、第二の不幸が訪れる。アンドンクラゲの登場だ。
彼らがぼくを刺したのではない。ウツボであわてたぼくが、アンドンクラゲに腕を差し出してしまったのだ。傘の直径約3cm、そこから20cmほどの触手が出ているのだが、しっかりと触手を腕に巻き付けてしまった。
クラゲファンタジーホールで立ち止った少女
単体として観ると、やはりちょっと怖い
まるで宇宙生物のような姿
ウツボにビビッて「もう潜るのはいやだ!」と心の中で泣き、腕を真っ赤に腫らして医療の先生に薬を塗られたぼくの地位は、一気に降格していく。
そりゃそうだ。海に入れない監視員なんて信用できるはずもない。
最初は心配してくれたオーストラリアの美人おねえさんも、なんとなく疎遠になった。以降の海の懇親会合宿はきつかった。
こうしてぼくは、ウツボとクラゲと海が嫌いになる。
その後も海に行くのだが、ビーチで寝転んでビールを飲むだけ。泳ぐのはプールだけになった。
水上安全法救助員資格を更新することもなかった。
クラゲ嫌いのイメージを変えてくれたのは江の島水族館だ。1954年に開館した水族館で、約50年もの間、江の島という一大観光地にあって多くの観光客を集めた。
ぼくの祖父は鎌倉に住んでいたから江の島水族館は近い。デートにも使ったし、男友達とも訪ねた。
江の島をすぐ前に見るこの水族館は、イルカのショーなどもあるのだが、クラゲの研究において長い歴史をもつ。クラゲを飼育し、繁殖の研究を続けているのだ。
集団のクラゲが泳ぐ幻想的な様子は、ぼくの心を魅了した。「クラゲ=嫌い」という構図を覆すのに十分だった。
それは2004年に「新江ノ島水族館」となって生まれ変わっても変わらない。むしろ、展示方法ははるかにグレードアップした。「クラゲファンタジーホール」と名付けられ、中央に球型の水槽、周囲の円形の壁に大小13の水槽を設置し、クラゲを美しく展示している。
もちろん、すでに60年にもおよぶ飼育経験があるからこそで、ただ単にインスタ映えを狙っただけの展示とも異なる。
クラゲの部屋はタイトル通り、まさにファンタジーホールだ。
観るだけでも楽しいし、飼育の成果が見られるのもおもしろい。クラゲに魅了されたひとときは、思いの外新鮮な体験になる。
【おまけ素人撮影画像クラゲ】
バンクーバー水族館のクラゲの水槽
不思議な提灯にしか見えない
ベトナムのホイアンの提灯市場
昨年、カナダを旅した。その時に、バンクーバー水族館を訪ねた。
バンクーバーのダウンタウンを海向こうに眺めるスタンレーパーク内の森の中にある水族館だ。
カナダの先住民族は海の生き物と独特の付き合い方をした。たとえばオルカ(シャチ)はトーテムポールにも描かれている。オルカは海の支配者で、狩りの名手と考えられていたのである。水族館の入り口にはオルカの像が飾られていた。
バンクーバー水族館はカナダ国内で最初に開館した一般向け水族館であり、1964年に世界で初めてオルカの飼育と展示を始めている。
その内部に「The Tropics」と描かれたコーナーがあった。そこにクラゲたちがいた。
クラゲは英語で「ジェリーフィッシュ(Jellyfish)」という。あのお菓子のゼリーだ。ゼリー魚、的を得た名前だと思う。
バンクーバー水族館は1985年にラッコを江の島水族館に譲った過去があり、それ以来の交流があるという。
リニューアルされて展示方法も一新、ゆっくり見学するのに値する水族館だった。
過去にも中国・上海の巨大な水族館など、海外の水族館に何度か足を運んだが、バンクーバーのそれは海の生物への敬意が見え隠れする。ここに棲み、水槽で泳ぐ生物たちが生き生きと見えるのだ。訪れるファミリーたちも水族館が似合っている。子どものためではなく、大人たちが存分に楽しんでいるのがわかる。
海獣のショーに見入り、エイのプールに手を入れ、クラゲの幻想的な水槽に魅入られる。
この時のカナダの旅はハードスケジュールだった。極寒のイエローナイフに入り、カルガリーに移動してバンフとレイクルイーズを訪ね、バンクーバーを経て日本に戻る行程だった。
バンクーバーの水族館に立ち寄ったのは、帰る便に搭乗する前日だった。
まるでゼリーのようなクラゲを観ていると、やがて旅の疲れが癒されていくのがわかった。
そういえば、他国で同じような光景を見たのを思い出した。
台湾で、ベトナムで。夜空に浮かびあがる提灯に似ているのだ。
アジアの地で提灯をずっと眺めていた記憶が蘇る。それは心に刻まれた旅の1ページであり、ひとり旅で疲れた心を癒してくれた光景だった。
< PROFILE >
篠遠 泉
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
篠遠 泉
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。