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避暑のために向かったのは、紅葉が人気の標高2100mにある天空の湖。ひんやりとした“コケの森”を抜けて巨岩をよじのぼると、その先にパノラマの眺望が開けていました。帰りに立ち寄った温泉は、効能豊かな炭酸泉で体の中からリフレッシュされます。

白駒池へ続く”コケの森”。屋久島のような原生林とコケのコラボ


標高約2100mにある白駒池。透明度が高く、なんとここでボート遊びも楽しめる


高見石から白駒池を望む。険しい山道と巨岩をよじ登った者にしかこの景色は拝めない
この夏のある日、アスファルトの照り返しによって気温が35度以上にもなる東京を離れ、一路長野の高原をめざした。  

標高を100m上がれば気温は0.5度減少する。
1000mの高原であれば単純に気温は5度下がる。

今回の目的地は八ヶ岳連峰の北に位置する、標高2115mの白駒池だ。
八千穂高原にある天然の湖で、水深8.6m、周囲は1.35km。
標高2100m以上の高地にある湖としては日本一の大きさを誇る。  

かつてスキー雑誌の編集をしていた私にとって、この周辺はなじみ深いエリアでもある。八千穂高原、小海リエックスといったスキー場は標高が高く、さらさらの雪質でごきげんなスキーを楽しめる。
夏には緑と白い樹皮が美しい白樺林が有名だ。

この日は上信越自動車道から南下するルートを選んだ。
まだ午前中だというのに、佐久市の気温は32度。国道141号線を南下し、国道299号線のメルヘン街道で八千穂高原に向かう。  

ワインディングロードを上がるにつれ気温は30度を下回り、クーラーを切って窓を開け、フレッシュな外の空気を取り込んだ。

白駒池は北八ヶ岳登山の玄関口になる。
駐車場には太陽をさえぎるものがなく、肌を刺すような直射日光が照りつける。
道路を渡って整備された登山口に入った途端、冷気が一気に押し寄せてきた。
山の中に一歩踏み込むごとに、水分を含んだひんやりとした空気が一層濃密になってゆく。

登山道の周囲はコメツガやシラビソなどの針葉樹の原生林で、歩道以外の立ち入りが制限されている。というのも地面や木の幹にコケがびっしりと生えており、それらを保護するためだ。
八ヶ岳では485種類のコケが確認されている。なかでも白駒池周辺はコケと原生林が保存された日本有数の一大コケゾーンなのだ。

「日本の貴重なコケの森」(日本蘚苔類学会)
http://bryosoc.org/index/koknomori.html

木漏れ日の当たる群生したコセイタカスギゴケに顔を近づけてよく見ると、水滴でびっしりと覆われていた。
5分ほど歩いただけなのに、気温は20度以下に下がり、劇的な気温の変化に感動すら覚えた。

駐車場から白駒池までは15分ほどで到着。
水の透明度が高く、岸辺に近づくと水の底まで透けて見える。  

秋になると赤や黄色に色づいた樹木が白駒池を覆う紅葉の季節を迎える。
多くの観光客が訪れるのもこのシーズンだ。  

白駒池からさらに上の高見石をめざすことにした。
標高2300mの高見石からは、白駒池が一望できるという。

約1時間ほどの行程だが、足場はぬかるんでいて、大石がところどころから顔を出して上りやすくはない。勾配もきつく、なかなかの本格的な山歩きだ。

最大の難関は最後に現れた。  

目的地の高見石小屋の背後に巨岩が幾重にも重なっている。これを登り切らないと、白駒池の眺望にはたどり着けないのだ。

軽く背丈を超えるような大きな岩に取りつき、岩に描かれた○印ルートをたどって上っていく。
せっかくここまできたのに、足がすくんで巨岩を越えられない人もちらほら。  

勇気を出して岩を登り切ると、視界が一気に開け360度のパノラマが広がった。
尾根を越える風は肌寒いほどで、先ほどまでいた白駒池が眼下に見える。  

軽い気持ちで出かけた山の散策だったが、思いがけず久しぶりに登山の醍醐味を体験することができた。
前日に新調したキャラバンシューズがこんなに早く役に立つとは思わなかった。  

稲子湯温泉 稲子湯旅館
所在地:長野県南佐久郡小海町稲子1343
泉質:単純二酸化炭素・硫黄冷鉱泉(弱酸性低張性冷鉱泉)
源泉:8.3度
湧出量:67.1l/分
pH:5.0
日帰り入浴時間:9:00~15:30
入浴料金:600円
TEL:0267-93-2262


湯船のすぐ脇にある源泉。熱いかと思いきや、すごく冷たい炭酸水


湯船は決して大きくはないが山小屋風呂としては申し分ない


稲子湯は「天国の駅」や「岳」などの映画ロケ地でもある
往復2時間の夏の山歩きは、思いがけない満足感を与えてくれた。  

コケの森を下り、登山道を離れると、先ほどまでの涼しさがウソのような灼熱の別世界に再び戻ってきた感覚に襲われた。
引いていた汗が一気に噴き出す。

この汗を流すには温泉しかない。
白駒池から小海・松原湖を抜け国道141号線に戻る途中に稲子湯という一軒宿がある。
ここがもうひとつの目的地だ。

稲子湯は明治になって開業した比較的新しい温泉宿だ。
標高約1500mの地点にあり、松原湖方面からの北八ヶ岳登山の中継基地として親しまれてきた。

浴室脇の憩いスペースには、明治40年に内務省・東京衛生試験所が発行した温泉分析表が掲げられている。

最大の特徴は冷たい炭酸泉であること。

源泉の温度は8.3度で、それを加温して湯船に注いでいる。
男女とも、内湯がひとつずつ。
湯船自体は大人5人が入ってしまえば精一杯という大きさだが、その湯力に惹かれた。

炭酸泉は沸かすことによって炭酸が抜けてしまう。しかし、湯船のすぐ脇に源泉が引き込まれ、フレッシュなまま湯船に注げるようになっている。

傍らにコップが置いてあり、ひと口飲んでみる。
鉄分と硫黄臭がかすかに漂うが、冷蔵庫で冷やしたようなフレッシュな炭酸水が喉を伝う。源泉貯まりにはたぶん硫黄とカルシウムであろう白い湯の花がびっしりとこびりついている。
熱い湯に入りながら、時おりちびちびと、この冷たい炭酸水を飲む。
飲みやすくはないが、薬効が感じられて喉越しがいい。
硫黄臭のある炭酸泉というのはとても珍しい。
これはなかなか得難い体験だ。

明治40年の分析表で飲用すると効果があるとされているのは、貧血、慢性神経痛、神経衰弱症、慢性胃腸カタル(慢性胃炎)。ただし、脳梗塞や心臓、肝臓、腎臓、肺に疾患を抱える者は飲用不可のため注意が必要だ。

源泉では無色透明な温泉が、空気に触れることにより淡い茶色に変化する。
フレッシュで薬効成分のたっぷり入った温泉は、山の懐深くに入らないと体験できない。

わざわざ足を運ぶだけの価値のある、湯力の強いいい温泉だった。

稲子湯へは中央自動車道路・須玉ICから国道141号線を北上。海尻城跡で左折して約2km。1時間20分程度。
上信越自動車方面からは、佐久小諸JCTから中部横断自動車道(無料区間)に入り、佐久南ICより国道142号線を南下。国道141号線に入り、松原湖入口を右折して県道480号線に入る。佐久小諸JCTから約1時間。
< PROFILE >
長津佳祐
観光やレジャー、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。ブログ「デュアルライフプレス」
http://blog.duallifepress.com/
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