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山形県・姥湯温泉は奇岩に囲まれた渓谷美で知られる絶景の秘湯だ。室町時代から約500年にわたり、雪が消えた時期にしか入湯できない自噴泉が最大の魅力になっている。

米沢街道の板谷峠を越えると視界が開け、斜面沿いの道を延々と走る


クルマを駐車して歩いて橋を渡れば姥湯温泉に到着

姥湯温泉 枡形屋
所在地:山形県米沢市大沢姥湯1
TEL:090-7797-5934
日帰り入浴料金:大人500円、3歳以上~小学生250円
日帰り入浴受付時間:9:30~16:00(受付15:30まで)
泉質:単純酸性硫黄温泉
泉温:51.1度



混浴露天風呂「山姥の湯」のひとつ。樋を伝って湯が豪快に注ぎ込まれている


女性専用露天風呂「瑠璃の湯」

冬のあいだ、豪雪に阻まれてたどり着くことのできない山の宿。  

温泉宿には、春の雪融けを待って、ようやくオープンしたところがいくつかある。

今回訪れた宿は、そのなかのひとつ。渓谷美が魅力の秘境、姥湯温泉だ。  

東京方面から、東北新幹線で福島に向かった。
レンタカーを借り、一路、国道13号線を山形・米沢方面へ。  

じつは今回、米沢方面に所用があり、福島から直接姥湯へ向かったわけではなかった。  

米沢からの帰り道、姥湯に向かうときには国道を戻らず、あえて県道の山道を走ってみることにした。

県道232号、通称米沢街道。
国道13号線に並行に走る山道で、奥羽山脈の南麓、標高755mの板谷峠を越えるルートだ。
かつては、米沢藩が参勤交代に使った道だという。

明治32年(1899)年に奥羽本線が開通してから太平洋戦争が終わるまで、このルートは急勾配のために、4駅を連続してスイッチバックするという難所だった。鉄道ファンには群馬-長野間の碓氷峠に並ぶ難所として知られている。
その後、トンネルなどの改修により、現在は山形新幹線がこの街道沿いの奥羽本線をたどって福島と米沢をつないでいる。

板谷峠のルートは、冬季は閉鎖になっており、今年は雪が深かったため、この取材のほんの一日前に開通したことをあとで知った。  

米沢側の関根集落を過ぎると、そこからは一本道が続く林道となる。
途中には舗装もされていない、一車線ほどの幅のダート道もある。
それでも開通直後ということもあり、道には倒木もなくきれいに整備されていた。  

関根集落から林道を約12㎞以上走ると、ようやく姥湯温泉へ向かう分岐点へと到着した。姥湯温泉へはここからさらに、約10㎞も上がっていかなければならない。  

道幅を考えると、ここまで交通量が少ないのはラッキーだった。
対向車もほとんどなかったため、途中、すれ違うために立ち往生することはなかった。  

辺りはブナやシラカバの自然林に囲まれ、ときおり視界の開けた場所に出ると、運転に疲れた目と心を休ませてくれる。  

山形県の県境を人の顔に見立てると、姥湯温泉はのどに近い南東の端の、福島との県境にある。
吾妻連峰の北側に位置し、標高は1300m。  

エンジンがうなりを上げながら、急勾配の坂道を登っていく。どこまで登っても建物らしきものがあるような雰囲気はない。  

昔の人は、ここを牛車、馬車や、歩いて登って行ったのかと思うと、ぞっとした。
湯めぐりとは、想像もつかないほどの困難を越えなければならなかったことに、改めて気づかされる。

ようやく峠を越え、下り坂にさしかかったとき、眼前に断崖絶壁が広がった。
その麓にぽつんと、一軒の宿がある。  

そこが目的の宿、姥湯温泉枡形屋だ。  

川沿いの少し広くなったスペースに車を停めると、そこから宿までは歩きになる。
急勾配のため、橋のたもとから宿の玄関先まで、荷揚げ用のゴンドラが設置してあるほどだ。  

姥湯温泉の歴史は古く、宿の記録によれば、開湯は室町時代、後奈良天皇の御代。天文2年(1533)に鉱山師であった遠藤大内蔵が発見し、のちに枡形屋を開業する。
ちなみに天文3年には織田信長が出生している。
代々遠藤家がこの湯を守り、現在の当主は17代目というからすごい。  

“姥湯”と呼ばれるようになった縁起がおもしろい。ホームページより抜粋してみる。

<鉱山師だった初代が鉱脈を求めて山々を渡り歩いているとたまたまこの地へやって来た。
すると露天風呂に髪の長い女性が湯浴みしているではないか。
こんな山奥で女が湯浴みとはと驚き、おそるおそる近づけば、なんと、赤ん坊を抱いた恐ろしい形相の山姥であった。
思わず逃げ腰になると、山姥はそんな因果な山師などやめて、この湯の湯守にならんかいと云い残し、赤ん坊もろとも山姥の姿はどこかへ消えてしまったという。
それ以来、この湯を姥湯と名づけ、現在に至ると言い伝えられております>  

『日本鉱泉誌』(内務省衛生局編纂・明治19年刊行)にも、姥湯温泉の開湯は天文年間とあり、明治時代の浴客は年間平均746人にすぎない。  

位置景況についての記述は、いまでも想像できるものがある。

<道路は曲折にて極めて嶮岨なり。もし一歩を失すれば数十尋の深谷に陥らんとす~中略~三里ばかり牛馬の運搬の便を欠く>(筆者現代かな使いに修正)  

馬車どころか、このきつい登り道は、歩いて越えるしかなかったということなのか。

これまで多くの「秘湯」と呼ばれる温泉地を訪れたが、なかでも姥湯温泉は筆頭に挙げてもいいほどの仙郷にある。  

ご主人の話によれば、温泉ではとても商売にはならず、遠藤家は代々半農半業で夏場だけ温泉宿を経営してきたという。

それにしても、その辛苦を乗り越えたからこそ、出合える風景があるということがわかる。それほどこの景色は壮観だ。  

いったん宿に入り、風呂に行くには階段を上がっていくというのが独特。
露天風呂に行くには、浴衣のまま外に出て、斜面を上がっていく必要がある。
他の宿は川沿いに下って行くところが大半で、ここが大きく異なるところだ。

露天風呂のかたわらに、脱衣所が設けられている。
浴槽は、混浴の「山姥の湯」がふたつと、女性専用の「瑠璃の湯」の計3つ。
背後に迫ってくるほどの断崖絶壁と、その奇岩を眺めながらの入浴となる。

ともに源泉は川の上流の岩肌にあり、浴槽からは50mほど離れている。
そこから管を通して川を渡り、樋に流して温度調節を行ない、そのまま湯船に注ぎ込んでかけ流しにしている。  

源泉は無色透明だが、薄い黄色の湯花が咲くことから、温度や気温の変化によって白濁して見えることがある。
硫化硫黄の香りが漂い、なめるとかすかな酸味と渋みを感じる。
想像していた温泉そのものの、大自然のならではの風情がある。  

ふと、いにしえの時代にここを訪れた浴客は、何を求めてここに来たのだろうか、と思った。  

背後の山の左手は大日岳、正面と右手の山は薬師森と呼ばれている。そう、ご主人は教えてくれた。
ともに大日如来、薬師如来を想起させるネーミングで、山岳信仰の名残を感じさせる。  

行き行きて、それ以上進むことのできない仙郷の湯。  

人は、雑踏を離れ、日常から離脱し、自分を見つめなおして、再び山を下る。  

ここは、これまでの生き方を見直すという行為が、ごく自然にできるような場所だ。
山を下ったときには、新しい視点で世の中と対峙することができる。  

気軽にはたどり着けないからこそ、温泉に入るという行為が特別なものになる。  

姥湯温泉での入浴は、沐浴という行為に近い。  

身を清め、穢れを落とす行為がこれほどしっくりくる温泉は、いまだかつて体験したことがなかったような気がした。

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姥湯温泉へは、国道13号線の板谷から県道252号線に入っていくのが一般的なルートになる。ただし現在は災害復旧工事のため、一般車両はその先の峠~滑川・姥湯温泉間は通行止めとなっている。滑川温泉、姥湯温泉にクルマで向かう際は、峠駅構内の駐車場にクルマを停め、宿の送迎車に乗り換えなければならないので注意が必要。送迎バスの時間は以下のとおり。

●姥湯温泉 枡形屋
峠駅発/9:30、10:30、13:50、16:00
姥湯発/7:00、9:00、10:00、12:30、15:30
●滑川温泉 福島屋
峠駅発/13:40、15:00.16:40
< PROFILE >
長津佳祐
観光やレジャー、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。ブログ「デュアルライフプレス」
http://blog.duallifepress.com/
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