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  3. 二百有余年の温泉の歴史を誇る時間を超越した茅葺の離れ里 群馬県・薬師温泉
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浅間山をすっぽりと隠して見えなくなることから名づけられた、群馬県・浅間隠山。草津街道からわずかに外れたその山懐に、茅葺屋根の集落からなる温泉がある。その湯のよさから「薬師温泉」と命名され、江戸時代より親しまれている。

かやぶきの郷薬師温泉 旅籠
所在地:群馬県吾妻郡東吾妻町本宿3330-20
TEL:0279-69-2422
●泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸水素塩温泉(中性低張性高温泉)
●源泉温度:42.8度
●湧出量:測定せず(自然湧出)
●pH:6.5
●日帰り入浴:10:00~16:00
●日帰り料金:大人1200円、小学生以下600円(入郷大人500円、小学生以下300円含む)


「滝見乃湯」。目の前の温川(ぬるかわ)はイワナやヤマメが生息する渓流釣りの絶好のポイント。シーズンになると釣り師が遡上するため、目隠しのガラス戸を引けるようになっている


もうひとつの浴場、宿泊者専用で24時間入れる「薬師の湯」。右が天然温泉のかけ流しで、中央がゲルマニウム温浴、左が寝湯と、浴槽が3つある。

「日帰りでいいから、食事をしながら、ぶらっと温泉にでも行きたいなあ」

妻がぼそりと一言。
自分は取材で全国の温泉をめぐっておきながら、家族サービスではあまりゆっくりとした温泉めぐりをしていない。
ふだんの罪滅ぼしを兼ねて、以前より気になっていた、群馬県の温泉の日帰り入浴に行ってみることにした。

「かやぶきの郷 薬師温泉 旅籠」。
そこは、敷地内に茅葺屋根の民家が立ち並び、江戸時代の雰囲気を味わえる旅館だ。

インターネットでホームページを開くと、日帰りプランが用意されていた。
「上州囲炉裏会席 上州和牛焼&温泉満喫~湯遊プラン」。入浴パック4700円也。
囲炉裏端で上州牛や野菜を焼いて食べるコース料理と入郷料、入浴料がセットになったプランだ。
囲炉裏での炭火焼というのが魅力的だが、食事+入浴の料金としては、ちと高い。その上の贅沢会席は6200円もする。
しばし思案していたら、上州牛を省いた「上州囲炉裏会席スタンダード」3300円というのを見つけた。
こちらを選択して、予約をしてみた。

薬師温泉は高崎市から約44㎞、西に向かう国道406号(草津街道)から少し離れた山合いの村落にある。軽井沢方面からだと、草津に向かって北上し、いったん国道145号に入って東へ進み、途中から草津街道に右折して須賀尾峠を越える45㎞のルート。ともにアクセスの便がそれほどいいわけではなく、だからこそ秘境の匂いが漂ってくる。

須賀尾峠は山越えの一本道林道で、アスファルトで整備されているものの、途中からはセンターラインがなくなる。軽井沢方面から入って峠を越え、しばらく下ると、ようやく集落が見えてきた。
薬師温泉への入り口となる小さな分岐道の看板に、浅間隠山と、湯川温泉、鳩ノ湯温泉の表記がある。

湯川、鳩ノ湯ともに、小さな一軒宿の温泉だ。
川沿いにある湯川温泉「白雲荘」は、古くから眼病に効くとされ、「目の湯」として利用されてきた。
里山の道を少し上ると鳩ノ湯温泉「三鳩楼」が見えてくる。こちらは天候によって透明から乳白色に変わる湯。
この一帯では温泉が自噴することから、湯治場として利用され、群馬の秘湯として地元客を中心に親しまれている。

鳩ノ湯温泉を過ぎ、さらに丘を登っていくと、薬師温泉が姿を現した。
大きな駐車場から村に入る正面には、大きな門がしつらえてある。
この長屋門を抜けると、古きよき時代へとタイムスリップする茅葺の集落が姿を現すという仕掛けだ。

傾斜地を下るように歩いていくと、左右にいくつかの旧家が点在している。
江戸時代の町人長屋を再現した細長い建物はギャラリーになっていて、全国から集められた時代ものの和箪笥がずらりと並んでいる。
その先には南部曲り屋の木村家。諏訪湖一帯の豪商の末裔が、天正時代に秀吉との戦いに敗れて蔵王連峰の山奥まで落ちのび、萩生川沿いに居を構えた旧家を移築したものだ。
さらに進むと入母屋造りの小林家がある。明治3年に現在の中之条町に建てられた農家の住宅。平成17年に移築され、こちらでは囲炉裏の食事処として利用されている。
このほか、栃木県・益子焼の人間国宝、濱田庄司の合掌入母屋造りの邸宅。出羽国米沢の庄屋、紺野家の切妻屋根天窓付きの合掌入母屋造りの茅葺家屋。
こうした建物が大切に保存、利用されているので、建物をめぐるだけでも十分に楽しめるようになっている。

いくつか建物をめぐっているうちに、蕎麦茶屋の軒先で餅つきが始まった。
この日は新春と言うこともあり、杵と臼を使った、昔ながらの餅つき。もちろん、つきたて餅はあとで振る舞われる。

この郷に訪れた人は、村落をめぐるうちに、かつての村の生活に少しずつ触れていくのだ。

そろそろお腹がすいてきた。
小林家に入ると、囲炉裏端に案内される。
旬の三種盛り合わせと湯葉のお造りからはじまり、早速食事がスタートした。

群馬県ブランドの赤木鶏、上州麦豚のフランクやマコモ茸が、網の上で香ばしい香りを放つ。

「旅籠」では手打ち蕎麦も名物で、別のレストランでは蕎麦を中心にした贅沢ランチのコースもある。

運転のためにアルコールを飲めないのが残念だが、それは仕方ない。
温泉に宿泊するときに、存分に楽しむことに決めている。

日帰り入浴のプランでは、ふたつの温泉と、別料金を払えば貸切風呂が利用できることになっている。

「郷の湯」は、郷のほぼ中央にあり、長屋門と最下部にある宿泊棟とを行き来する際の中継地点に当たる。
温泉は天然の薬草を利用した薬湯。漢方薬のような独特な香りが浴場の中に漂う。いわば天然の入浴剤風呂といったところだ。
ゆず湯やりんご湯、菖蒲湯などはなじみがあるが、漢方の薬湯はなかなか珍しい。元来、温泉そのものが薬師如来の恩恵であるということから、薬師温泉と命名されることが多い。古来、医療用として用いられてきた漢方を使用するのは、ありそうであまり見かけることのない形態だ。

旅籠の源泉の由来は寛政五年(1793)、江戸幕府は11代家斉の時代と伝えられている。温泉坊宥明という旅の行者が発見し、鳩ノ湯集落にあった法印本正院の持湯として「法印の湯」と呼ばれていた。
現在も東吾妻町本宿には、天台宗の修験道の一派である、聖護院を本寺とする本山修験宗の本正院がある。
山伏の修験道の行者が、こうして温泉を発見するケースは珍しくない。

昭和五年(1930)、寒村発展のため、元官吏であった生駒彦三郎が、当宿の源泉前に浴舎を建立。無料で開放し、良泉であったことから「薬師温泉」と改名され、今日に至るという。

その源泉は、郷の最奥にある宿泊棟、「せせらぎ館」のかたわらにひっそりと存在している。
「滝見乃湯」へと向かう廊下のガラス戸の向こうに、小さな祠がある。
それがまさしく自噴する温泉だ。
おもしろいことに、自噴する様子はリアルタイムで撮影されていて、館内のモニターで眺めることができる。
よほどの温泉好きでもなければ、気にも留めないかもしれないが、ソファに腰掛けながら湧き出る温泉を見るというのも、なかなか得難い経験には違いない。

せせらぎ館にある「滝見乃湯」は、この宿で一番の人気の浴場。
温川の滝を眺めながら入れる絶景の露天風呂。
日帰り入浴では残念ながら、滝に近い2面が開放している浴場は女性湯としてあてがわれていたために、体験することができなかったが、季節の風景を楽しめるだけでなく、夜はライトアップされていて秘境ムード満点。

囲炉裏端の炭火焼と合わせ、滝を見ながらの入浴は、この宿のクライマックスであることは間違いない。


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薬師温泉は浅間隠山(1757m)の北東の、奥深い山合いの集落にある。草津街道の国道145号から南東に向かってきた道が東向きへと屈曲する地点にある。高崎方面、軽井沢方面のどちらからもアクセスはほぼ50㎞、約70分程度の道のり。八ツ場ダムによるバイパス建設工事の是非で話題となった、国道145号の八ツ場バイパスからは約11㎞、20分。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
ブログ「デュアルライフプレス」http://blog.duallifepress.com/
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