これから秋にかけて野球、サッカー、ゴルフなどのさまざまなスポーツがシーズン終盤を迎え、優勝争いが激しくなる。手に汗握るスタジアム観戦もいいが、“通”の密かな楽しみは練習場見学にあった。
ぼくがまだ中学生のころだった。人気のプロ野球チームの試合を見に行った。
親に連れられて行くのではなく、友人と3人ででかけた後楽園(とうぜん、まだドームではない)。気分が高揚していたから、試合開始時間より何時間も前に球場に着いた。
すると、奇跡が起こった。その日、登板予定がなかったエースが目の前に現れたのだ。
「サインくださーい!」、バタバタと駆け寄る中学生。
エースから返ってきた言葉はぼくらを驚かせた。
「違うよ。ぼくは〇〇じゃない。似てるだけや」
あのホクロは間違いない、本人に違いないのだ。しかし、他人だと言い放ち、ぼくらを押しのけて足早に歩き去ってしまったエース…。
あの時以来、ぼくはそのチームを嫌いになった。
今になればわかる。ユニフォーム姿ではない選手はいわゆる一個人。ファンも気遣わないといけない場面だったのだ。
それからずいぶん時が経って、ぼくはJリーグのサポーターになった。学生時代、サッカー部に籍を置いていた関係もある。編集の仕事に携わり、サッカーのムックを出版するために日本代表をプレスとして追いかけていた関係もある。
ドイツワールドカップで中田英寿や中村俊輔、稲本潤一、小野伸二を有する“日本史上最高チーム”が負けた夜、「日本代表だけでなくJリーグを見る。そして、いいプレーに拍手し、ダメなプレーやおかしな判定にはブーイングする。それが日本人選手のレベルアップにつながる」と、代表を追いかけていたプレス仲間と意見が合致した。
それ以来、川崎フロンターレを中心にJリーグを毎週のように観戦することになった。
自然にサポーター仲間もできる。全選手のサインをユニフォームに入れたA氏と親しくなったのもそんな縁だ。
そのA氏が言った。
「練習場に行けばサインももらえるし、もっと観戦が楽しくなるよ」
それが練習場初体験のきっかけだった。
川崎市の麻生にフロンターレの練習場がある。周囲を民家や乗馬クラブ、林、畑に囲まれた長閑な場所だ。
訪れた時にも、すでに100人を超えるサポーターが練習を見学していた。
クラブによって非公開練習日や練習時間が定かではない場合もあるが、そのあたりはそれぞれのチームのホームページに掲載されるので、「スケジュール」のチェックを忘れないように。
見学にはルールもある。それも事前にホームページなどでチェックしておこう。たとえば、立入禁止地区の確認、指定地域以外で選手にサインを求めない、練習のジャマになる行為をしないなどだ。
緑が美しい練習場のグラウンドでは、攻撃グループと守備グループに分け、ハーフコートマッチが行われていた。
シュートあるいはクリアされると、すぐに次のチームと入れ替わる。攻撃側はショートパスと動きの確認、マークを外す動きがチェックされる。一方の守備側はマークの受け渡し、ゴール前のブロックなどを確認する。
選手がどんどん入れ替わるので、短時間でも効率的な練習が行われている。そして、グループ構成で次の試合のスタメン候補がわかる。
そのほかにもポジションごとの練習、ミニゲームなどがきびきびと行われていた。とくにミニゲームでは監督のめざす方向が見えてくるから楽しい。
午前練習は1時間30分前後。ぼくの大学時代、1回の練習が3時間にも及んだのだから、いかに効率がよいのか…。
この記事が公開されるころ、サッカーU21代表が派遣されたアジア大会が行われているだろう。
フロンターレからは不動のレギュラーになった大島僚太選手が代表に選ばれているはずだ。つまり、9月は大島選手抜きをフロンターレは強いられる。
その代わりは誰が担うのか。居残り練習を見ていたら、中村憲剛選手と盛んにパス交換をしているMFがいた。きっと、彼がその立場を果たすのだろう。
え、誰かって!? 相手チームのスカウティングがいれば一目瞭然なのだが、それでも練習場で見たことは、FBやツイッターなどで公言しないのもマナーだろう。
全体練習が終わると、それぞれが居残り練習をする。
パスの交換を始める選手、グラウンドの周囲をジョギングする選手、シュートを繰り返す選手…。
それぞれの課題をこなしてから、クラブハウスに切り上げてくる。
フロンターレの場合、グラウンドからクラブハウスに続く坂道の一部がサポーターとの交流の場になっていた。
もちろん、試合前日などで対応できない日もあるが、そうでない限り交流の場は設けられるようだ。クラブスタッフも心得ているから、選手にサインペンを渡し、選手も普通に受け取ってから歩き出す。
サポーターは色紙やユニフォームなどを差し出してサインをもらう。選手と一緒に写真撮影をせがむサポーターもいる。
感心するのは選手がなにひとついやな顔をしないで対応する点だ。ハードな練習を終えたばかりだし、大汗をかいた後なので、すぐにでもクラブハウスに飛び込んでシャワーを浴びたいだろう。しかし、そんな様子は微塵も見せない。
Jリーグは地域に根付き、周辺の人々と一体となって発展している。
こういった日々の努力がサポーターをトリコにしていくのだと実感できた。
ところで、ぼくは…。スポーツ誌の編集を長くしていたので、これまでに数多くのオリンピックメダリストやアスリートにインタビューをしてきた。
インタビューのときは同行のカメラマンに記念写真を撮影してもらっても、案外サインはもらわないものである。
まして、中学生のころのあまりよくない思い出があるので、なおさらだ。
しかし、この日は違った。“いい歳をして”ユニフォームを差し出し、サインをねだった。
次の試合の伏線的な部分が見え、サインももらえる練習場見学。よりJリーグが好きになった1日だった。
Jリーグの各チームの練習場と公開日、練習開始時間はそれぞれのチームの「スケジュール」をチェックしよう。
練習場に一般用の駐車場は用意されていないケースがほとんど。近隣のコインパーキングなどを利用して最後は徒歩で行くことになる。 クラリオンのカーナビで駐車場の場所も確認しておこう。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。