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事前の知識もなく、ふと立ち寄ったところで不思議な光景に出合う。これも旅の楽しさです。春先にぶらりと出かけた伊東温泉のパワースポット「音無神社」の社殿には、“穴が開いたひしゃく”が奉納されていました。果たして、穴開きひしゃくの秘密とはなんだったのでしょうか?


河津桜の深いピンク色と菜の花とのコントラスト


昭和3年に創業、伊東市に寄贈された「東海館」


伊東の商店街にある「お湯かけ七福神めぐり」

春の香りが漂いはじめたころ、河津桜満開のニュースに誘われて、ぶらりと伊豆半島に旅に出ました。

河津駅の周辺は賑やかな屋台と桜並木の別世界でした。

金目鯛やアジの干物を並べる店、わさび漬を売る店、焼きそばやたこ焼きなどの屋台でおなじみの定番商品を置くお店が桜並木と並行して軒を連ねます。

河津桜の苗木を売るお店もあり、ついつい心の中の“衝動買いへ誘う天使(悪魔?)”が、むくむくと顔を覗かせ、私をずいぶん悩ませました。

ピンクの濃度がソメイヨシノよりもはるかに強い河津桜を愛でた後は伊豆の観光地をめぐり、日本を代表する温泉地である伊東に向かいました。

この夜は伊東の温泉に浸かって、リフレッシュする予定です。

でも、職業病でしょうか、伊東に着いてすぐにのんびりするのは性分に合いません。まずは観光マップを眺め、未だ知らない観光スポットがないかどうかを調査。そこに「伊東のパワースポット」という文字を発見しました。

下調べをしていないのに、こういう発見はいつでもうれしいものです。予期せぬ観光スポットやパワースポットとの出合いも旅の魅力のひとつといえるでしょう。

伊東の中心を流れる音無川の東岸にある音無神社は、豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)を祀る神社です。

加えてここにはもうひとつの物語がありました。

『曽我物語』によれば、平治の乱の後に伊豆国に流された源頼朝は伊東の北の小御所に暮らし、そのときに伊東祐親(武将であり伊東の領主)の娘・八重姫と出会います。

そして、八重姫との密会に利用していたのが、音無神社がある「音無の森」だったのです。

伊東のガイドマップに掲載された音無神社の紹介文が興味深く、さっそく夕食前の散歩に出かけました。


音無神社に奉納された穴の開いたひしゃく


樹齢1000年以上になるタブの大木

伊東の海岸より大正末期から昭和初期の温泉風情を今に伝える木造三階建ての「東海館」、桜並木のある松川遊歩道を通って進んだ先に音無神社がありました。

こぢんまりとした神社ですが、樹齢推定1000年というタブの木が境内に堂々と茂ります。源頼朝はこの木の樹齢100年のころの姿を目にしたことでしょう。

境内にある『音無の森、頼朝八重姫伝承』の絵巻スタイルの展示も見応えがあります。

音無神社の祭神であり、安産と縁結びの神である豊玉姫命が見守るなか源頼朝と八重姫が出会う場面。

音無の森で逢瀬を重ねるふたり。

ふたりのことを知って激怒し、平氏に憚りふたりの子の千鶴丸を稚児ヶ淵に沈める(密かに遠方に逃したという説も)伊東祐親の絵。

これらがみごとに描かれており、音無神社を舞台にした源頼朝と八重姫の悲恋がわかります。

ちなみに音無神社と川をはさんで反対側には「日暮神社」があります。現在では住宅地の中のとても小さな神社ですが、八重姫との逢瀬の時間まで、源頼朝は日暮れをここで待っていたという伝説が残ります。

さて、タブの大木、源頼朝の絵巻が目立つ境内に、不思議なものが奉納してありました。

それは、穴の開いた“ひしゃく”です。

豊玉姫命はお産が軽かったところから安産の神、育児の神、縁結びの神としてご利益があるとされています。

穴が開いたひしゃく=水が通りやすいひしゃく=安産、という論法で、安産を祈願する人が、いつしかひしゃくに穴を開けて奉納したのだそうです。

有名温泉地に残る源頼朝と八重姫の悲しい恋の物語、安産にご利益のある神社…。

事前に調べてあったわけではないのに、好奇心を満たす楽しい旅になりました。


絵巻風展示によって源頼朝と八重姫の“悲恋”がわかります


伊東の温泉はカピバラも大好き(伊豆シャボテン公園にて)


共同温泉・和田寿老人の湯。立派な外観をしています

伊東温泉では日帰り客歓迎の温泉宿も多いため、宿泊したところ以外の温泉を楽しめます。

明治末期に手掘りから機械掘りに発達し、現在では729本の温泉湧出口をもち、毎分3万リットル以上の湯量を誇る恵まれた温泉地です。

湯質も単純泉と弱食塩泉に分けられて効能も抜群ですから、複数の温泉を堪能するのがおすすめです。

今回わたしが挑戦したのが「市内共同浴場」。低料金で入浴できる温泉施設で、これらの温泉浴場に七福神の石像が祀ってあります。

たとえば伊東オレンジビーチから近いところには「湯川弁天の湯」、「松原大黒天神の湯」があります。そのほかにも「岡 布袋の湯」、「鎌田福禄寿の湯」など、七福神の湯めぐりができるのです。

わたしが訪ねたのは「和田寿老人の湯」でした。

入浴料300円を払って常連さんに混じっての入浴。お湯は相当熱め。

常連さんたちは当たり前のように温泉を楽しんでいますが、慣れていないわたしは足を入れてフー、おへそまで入ってフー、肩まで浸かるのがたいへんでした。

でも、慣れてしまえば一流の伊東の湯。新鮮なお湯を満喫しました。

そのほかにも伊東駅に近い「子持湯」は子宝に恵まれると評判だそうです。

商店街には「お湯かけ七福神めぐり」もあり、こちらも独特な七福神の石像が商店街に点在しています。

たとえば「寿老人」なら延命長寿、交通安全‐健康と福寿をもたらします、と説明があり、願をかけながら石像に温泉をかければいいという仕組みです。

共同浴場をめぐり、商店街をめぐり、七福神のご利益を授かる。伊東温泉はいつの間にか、パワーに満ち溢れた温泉地になっていました。

伊東温泉の遊び心あふれる仕掛けを楽しみながら、ランチ時には名物の「金目鯛」を味わい、おみやげに静岡名産の「ぐり茶」を購入する。

なかなか楽しい伊豆半島東側の旅になりました。


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●伊豆の名湯にぜひ――伊東市観光協会
http://itospa.com/
●来年は見逃さないで――河津町観光協会
http://www.kawazu-onsen.com/
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
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