暑い季節はどうしてもエアコンを頼りに家に引き籠りがちです。しかし、暑い日だからこそ、自然がくれる“涼”を求めておでかけしたいものです。しかも、そこにパワースポットや名物があれば言うことはありません。
東京の郊外にある私立学校に、わたしは通っていました。
区内の自宅から駅まで歩き、そこから西武池袋線で西に向かう20分の通学。最初、ビルや家に囲まれていた電車は、次第に畑を眺め、雑木林に抱かれながら進みます。
校内やその周辺にも武蔵野の雑木林を思わせるケヤキやコナラ、クヌギといった樹木がたくさん茂っていました。そういう環境ですから、小学校の理科の授業では、しばしば雑木林の散策に行きました。
森の中に水が湧き出る場所がありました。生徒たちは泉に集まる野鳥のさえずりを聞いて鳥の名前を覚え、湧水で顔を洗い、地球と友達になっていきました。
当時、教室にエアコンは設置されていませんでしたから、雑木林を駆け抜けてくる風が唯一の涼しさでした。
だからこそ、風が生まれる場所のように感じる泉の周囲は、わたしたちのお気に入りの場所でした。暑さを忘れさせてくれる天然のエアコンだったのです。
それからずいぶん年月が流れました。
東久留米の泉は涸れることなく、今でも美しい水を生み出しているそうです。
わたしにしても、あのころの思い出がとても印象的だからでしょうか。暑い季節になると、部屋に籠ってエアコンの“機械風”にあたるよりは、自然の涼風に身をさらしたくなります。
だから以前にもこのコラムで、自然の谷風が気持ちいい等々力溪谷を取り上げました。
http://www.smart-acs.com/magazine/13070101/experience001.php
おでかけをして肌で感じる爽やかさは、エアコンのそれとは比べものにならないぐらい開放的で、心まで爽やかにしてくれます。
今回は大都会・東京にあるのに雑木林を吹き抜ける風が気持ちいい深大寺におでかけしたいと思います。
周囲にはコイン式のパーキングも点在していますから、暑い日の日帰りに最適でしょう。
深大寺には歴史あるパワースポット、名物グルメ、植物公園と散策ポイントがあふれています。
都心からクルマを進め、深大寺に近付くと周囲には畑や家庭菜園用地が目立ちはじめます。
最寄り駅はJR中央線の三鷹、吉祥寺、京王線のつつじヶ丘、調布といった人気のベッドタウンですから、駅から少し離れただけで景観が変わることに驚きを感じます。
やがて、深い森が見えてくると、それが深大寺です。
深大寺の創建は733年、ここでは詳細に触れませんが男女にまつわる起源伝説が残されています。
また、わたしが通った小学校の近くの雑木林の中にあった泉同様、深大寺の雑木林も湧き水が豊富です。
この湧き水は周囲の人々の生活を支えており、その感謝の気持ちが“水神信仰”となり、仏教の伝来を背景に、お寺の建立というかたちになったという説にもうなずけます。
平安時代(860年頃)には武蔵の国の反乱を治めるために、勅命を受けた比叡山の僧侶がやってきて、深大寺を道場と定めています。
さらに、991年には比叡山より「元三大師自刻像」を迎え、深大寺に遷座しています。
長い歴史を誇る深大寺は、“食”も魅力的でした。
江戸時代に近隣農家から深大寺に納められたそば粉を使い、おいしい湧き水を利用して打った“深大寺そば”が、来山者に評判となったのです。
三代将軍・徳川家光が鷹狩りの途中で立ち寄ってそばを賞味して驚嘆したとか、上野寛永寺に献上したところ賞賛されたという説が残っています。
当時、深大寺のそばは“献上品”であり、庶民が味わえるものではありませんでした。しかし、江戸後期になると深大寺そばは徐々に知られるようになり、時代が移ると武蔵野に暮らした文化人を通じて、その名は広く浸透していきました。
現在では山門近くや参道に多くのそば店が並びます。ガイドブックなどで話題になったのでしょう、なかには行列ができるそば店もあるほどです。
いつしか深大寺参拝と深大寺そばがセットになり、東京に暮らす人々の“楽しみ”のひとつになりました。
これもまた、武蔵野の雑木林の恩恵といえるでしょう。
参拝後の楽しみは、そばと雑木林の涼風に身をまかせることだけではありません。
深大寺には散策に最適なスポットが満載です。
たとえば、神代植物公園は都内唯一の植物園として昭和36年に開園しました。
訪ねたときは牡丹には早く、藤も椿も終わっていましたが、約5200株あるバラはみごとな姿を見せていました。
バラは7月まで楽しめますし、それを逃したとしても再び10、11月に開花します。名前が付いたバラもあれば、商品として市場に出る前の数字で表記された新作バラもありました。
バラ園は青空の下ですが、すぐ横には雑木林があり、木漏れ日のベンチでは植物観賞を休んで寛ぐご夫婦の姿が見えました。
さて、植物公園同様に賑やかなのが参道のおみやげ店です。そば粉を使用したスイーツや、各種のソフトクリーム、おせんべいなどを売るお店に行列ができています。
その一画に一風変わったお茶屋がありました。屋根の上には巨大な下駄が載っており、茶屋横の木の枝には犬小屋のような家が設置されています。よく見れば、その中にゲゲゲの鬼太郎の姿がありました。
漫画家の水木しげるさんは大阪で生まれ、鳥取県境港に育ち(ここにも水木ロードや記念館があり、いまや鳥取砂丘より大勢の観光客が訪れるそうです)、上京後は調布市に50年近くも暮らしています。
そんな縁で「鬼太郎茶屋・深大寺店」が生まれました。
店内のカフェでは「目玉おやじの栗ぜんざい」「ぬり壁のみそおでん」などの妖怪メニューが人気です。ただし、ある程度の混雑は想定内ということで…。
混雑を避けたわたしが求めたのは、ソフトクリームでした。水木さんと縁の深い鳥取県・大山牛乳のソフトクリームなのです。
これが濃厚でおいしい。かつて、大山を取材したときに感動したのですが、深大寺のソフトクリームも同様でした。加えてソフトに付いてくる“木べら”の模様は妖怪の一反木綿。たまりません!
深大寺での1日は、暑さを忘れるだけでなく、心身ともにリラックスできる楽しいものになりました。
●深大寺
http://www.jindaiji.or.jp/
●調布駅・深大寺周辺を巡る ゲゲゲ散策マップ
http://www.keio.co.jp/area/gegegemap/jindaiji.html
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。