仏閣だけが「パワースポット」ではありません。緑豊かな日本には自然の力が充満した天然のパワースポットが点在しています。新潟県十日町市の「美人林」もそのひとつです。加えて今年は3年に一度の「大地の芸術祭」が十日町・津南の“越後妻有地区”で開催されます!
世界列強に対抗するために“国力”の底上げが重要視された明治初期から昭和中期、日本国内ではさまざまなエネルギー源の開発に力が注がれました。
たとえば炭坑の開発や整備は、鉄鋼の生産、蒸気機関といった動力に結びついています。
同様に全国の森でも伐採が始まりました。
現在では世界遺産に登録されている白神山地(青森県・秋田県)は、世界でも極めて貴重な、「人の影響をほとんど受けていない世界最大級の原生的なブナ天然林」です。
その面積は約1万7000ha(約170?)。しかし、白神の森全体の広さは、なんと13万haもあるのです。つまり、世界遺産に登録された“核心地域”の森以外は、木炭などのエネルギー源あるいは材木として使用するために、一度は伐採された場所が多いのです。
実際にわたしが旅した「白神山地(バスツアーなどで気軽に行ける観光スポット)」は、白神山地の山麓であるのは間違いなくても、正確には世界遺産に登録された“核心地域”ではありません。観光エリアのほとんどの森が、人の手による二次林、三次林であるのがその理由です。
さて、新潟県十日町市の「美人林」も、昭和の初めに木炭の材料にするために伐採された地域にあります。一時は林ではなく原野となった場所でした。
しかし、自然の力は偉大です。土の下でじっとパワーを蓄積していました。
そして、ある年に大量のブナが発芽、それらがいっせいに育ちはじめます。そのために樹齢約80年のブナは、どれもがやや細身で密集し、結果的にとても美しい林を形成しました。
地元の人々は自然の力で生まれた新しい林を「美人林」と名付けて大事にしています。今ではボランティアの手によって清掃や下草刈りが実施され、林は美しいままに保たれています。
一度は人の手によって更地同然になった場所が、自然のパワーによって美しい林に蘇る…。
美人林はネイチャーパワーが身近に感じられる、美しい自然のパワースポットです。
美人林があるのは十日町市の松之山地区。
温泉好きの人ならピンと来る名前でしょう。そう、松之山温泉のすぐそばに美人林があります。つまり、美人林を訪れる旅は、名湯をベースにするのがいちばんなのです。
名湯・松之山温泉は「日本三大薬湯」として、群馬県の草津温泉、兵庫県の有馬温泉と並び評される温泉です。
ナトリウム・カルシウム‐塩化物泉(弱アルカリ性)の湯ですが、「ホウ酸」の含有量は1?当たり349.5mgと日本一を誇ります。適量のホウ酸には殺菌力や防カビ力もありますし、泉質そのものが神経痛や筋肉痛、関節痛、切り傷などに効能があります。
また、南北朝時代に発見されたという約700年もの歴史に加え、上杉謙信の隠し湯であったこと、江戸時代(1851年)の『諸国温泉功能鑑』という温泉番付表でも前頭(当時は最高位が大関)に記されているだけに、日本三大薬湯に数えられるのもうなずけます。
松之山温泉もまた、自然が生んだパワースポットといえるでしょう。
さて、夏から秋にかけて、十日町と津南の“越後妻有”地区には、もうひとつ見逃せない催しがあります。
3年に一度開催される「大地の芸術祭」がそれで、2000年に第1回が開催され、9月13日まで続く今回の芸術祭が6回目になります。
当初、地元の人たちは芸術祭が開催されると聞いても、所詮は他人事だったそうです。
里山に色鮮やかなアート作品が展示されても、その意味がわかりません。
しかし、空き家になった古民家がアートとして蘇り、廃校になった小学校が美術館として再生される、棚田などの里山風景と現代アートが融合してより美しい風景に変わる…その様子を目の当たりにすると、徐々に住民の意識が変わっていきました。
そして、第3回開催のころになると、都会に暮らす友人から「ぜひ、案内して!」と言われ、すっかり認識は変わったと地元の人が話します。
いつしか、“他人が勝手に行っている美術展”が、“自分たちの暮らす里山の芸術祭”となっていきました。
美人林は自然のパワーによって再生されました。
過疎問題が原因で空き家になった古民家や、子どもが減少したことによる廃校は、全国のどこにでも生じている大きな社会問題です。
越後妻有もご多分に漏れず、これらの問題を抱えて困窮していました。
そんな里山地区で、突然、地域と一体になった“芸術祭”の開催が決定。人の手によって過疎地域を再生させようというわけです。
現代陶芸家たちが再生させたのが「うぶすなの家」です。築90年の古民家が、陶芸家たちの作品で再生されました。とくに、織部のかまどが印象深い作品で、古民家とうまくマッチしています。会期中は地元のおかあさんたちの手料理も味わえます。
鉢集落にあった真田小学校は、絵本作家によって「絵本と木の実の美術館」に再生されました。たった3人の最後の卒業生と、思い出を食べるお化けの物語が、旧小学校の教室や体育館、更衣室に展示され、ひとつの絵本になっています。
彫刻を勉強する学生たちが再生させたのが「脱皮する家」です。延べ3000人の学生たちが、2年間をかけて古民家の床や柱を彫り、古民家を木彫作品に仕上げました。
外国のアーティストも負けてはいません。“夢を見る”を目的に赤、紫、緑、青の部屋を設けた「夢の家」は、ユーゴスラビア出身アーティストの作品です。
そのほかにも充実した美術館の完成や、アーティストたちがパッケージを考案した地元名産品も含め、地域全体が芸術作品の様相を呈しているのが越後妻有地域です。
自然のパワースポットを訪ね、世界から集まったアーティストたちが再生させた里山を鑑賞し、仕上げに“つなぎ”に布海苔を使用した名物のお蕎麦を食べる。
美人林への旅はとても素敵なパワースポットめぐりになります。芸術祭が開催されている時期にぜひ、おでかけください。
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※芸術祭が閉会しても里山で見られる作品、通年開館の美術館、本文中で紹介した再生された古民家など、鑑賞できる作品は数多くあります。
●十日町市観光協会「美人林」
http://www.tokamachishikankou.jp/modules/gnavi/index.php?cid=25
●松之山温泉「まつのやま.com」
http://www.matsunoyama.com/
●「大地の芸術祭」
http://www.echigo-tsumari.jp/
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。