釣りといってもいろいろある。釣り堀で行う遊び要素がたっぷりの釣り。山奥でヤマメなどを狙う渓流釣り。釣り船で海洋に乗り出す本格的なもの。そのなかで、釣りの醍醐味が味わえるのに簡単にできるのが“海釣り施設”を利用した釣りだろう。
美しく整備された熱海港の沖の堤防が海釣り施設だ
レンタル用具、レンタルベストで初心者が釣りに挑む
熱海海釣り施設の受付
あれから1年が経つ。『釣りに挑戦してみようと思う2014年初夏』と題して、この連載のコラムを書いてからだ。
正直なところ、掲載後も釣りに行っていない。「房総の海に繰り出すのはいいもんだよ、サバが何尾も釣れる」などと、友人からの誘いは受けたが、結局行かず仕舞いで終わった。
アウトドア雑誌の編集長をしていたころ、どれだけの釣り達人と出会ったかわからない。大手釣り具店チェーンに勤務する渓流釣りの名人とお酒も飲み交わしたし、取材先の漁港で釣り船の船長とも親しくなった。しかし、釣りに行くことはなかった。
今思えばいくつかの原因がある。第一に釣り用具をまったく持っていない。第二に初心者の釣りといえば、観光地にあるような釣り針を垂らせばすぐにニジマスが釣れるような釣り堀の光景が思い浮かぶためだ。必要以上に大きいのが釣れて、「はい、○○円」と、量り売りされるのがなんだか気に食わない。
釣りをしたいと思いながら、日々だけが経っていった。
しかし、転機は突然に訪れるものだ。日頃の疲れを癒すために、港や海岸線が再整備されて美しくなった熱海温泉にでかけたときに、『手ぶらで釣り?』というパンフレットを目にしたのだ。
舞台は熱海港の沖の堤防の上。温泉街から海を眺めると、港の向こうに見える堤防だ。
ここには安全のためのフローティングベストも、釣り竿も、エサも、初心者のためのすべてが揃っている。
釣果があった場合も、発泡ケースなどを用意すれば持ち帰ることができる。しかも、温泉宿泊客に朗報があった。電話で対応してくれたスタッフが、「もっとも釣れるのは早朝と夕方です」と、教えてくれたのだ。
温泉宿に宿泊するときを思い起こしてほしい。夕食が7時からだとしても、なんとなく早めの4時過ぎにチェックインする場合が多い。また、翌日は朝湯を堪能したあと、朝食まではなんとなく時間を持て余すものだ。
その時間帯が海釣りにとって最高の時間だというのだ。これは行かねばならない。ついに、本格的な釣り体験ができるのだ。
朝いちばんに温泉に入ったあと、ぼくは海釣り施設へ散歩気分ででかけてみた。
常駐スタッフがいるので安心。釣りの極意も教えてくれる
初めてのファミリーも大勢いた
大きなサバやタイも釣れるとのこと
温泉ホテルから堤防までは約10分の距離。財布以外は何も持たずにホテルを出た。文字通り、手ぶらだ。
海岸線を浴衣姿のカップルや高年夫婦がのんびり歩くのを尻目に、がんがん進む。どうやら気が高ぶっているらしい。めざすは熱海港海釣り施設。ここが大人になったぼくの初めての海釣り舞台だ。
堤防の上から釣り糸を垂らす太公望たちが見えてくる。
その姿は堂に入っている。“マイ釣り竿”で大物を狙っているベテランたちだろう。釣り針にエサを付けるのも苦であるはずがない。
そうなのだ。釣りを始められなかったもうひとつの理由は、釣り針にエサを付けるのがイヤなのだ。
小学校のときに叔父さんにハゼ釣りに誘われたことがある。閉口したのはエサ付けだった。
ミミズと毛虫を足して2で割ったようなゴカイを千切って針に付けるのがたまらなかった。
大人になった今でも、ミミズやゴカイといった生物がどうにも苦手だ。負け惜しみではないけれど、取材でタヌキもウサギも、熊のルイベもシカ肉も海蛇も、サンショウウオも食べた。海外ではウジが湧いた肉をすすめられた。ヤギが内臓まるごと入った鍋も食べた。それでも、ミミズとゴカイに弱い。
ところが、その悩みが熱海海釣り施設で一掃されたのである。ここが用いるのはオキアミというエビの仲間の小さい生物だ。エビの仲間で小粒だから、ゴカイの邪悪な(?)気持ち悪さはまったくない。それを数匹まとめて針に引っ掛ける。
針は針で(仕掛けという)、竿から伸びる1本の糸に数個が規則正しく付いている。
画期的なのはエサの付け方だ。オキアミを入れる容器に溝があり、そこに仕掛けをゆっくり通すだけで、針にオキアミが自然に付いてしまうのだ。つまり、オキアミに手を触れずにエサが針に付くという寸法だ。
エサが付いた仕掛けを堤防の上から海に沈めていく。ついでに、“撒き餌”としてオキアミを針の周囲にもばら撒く。すると、オキアミめざして魚が寄ってきて、うまくいけば針に掛かるというわけだ。
「これならできる!」、確信をもって挑む初めての海釣りだった。
目標は大きなアジで干物を作る予定だったが…
ウルメイワシとネンブツダイは刺身と唐揚げに
ママレード入りの紅茶で釣り後にひと休み
熱海海釣り施設はレンタル用具が充実しているから「初心者大歓迎」というわけではない。アドバイスをしてくれるスタッフが常駐している点も見逃せない。
エサの付け方、撒き餌の方法、リールの扱い方などを含めた釣りの基本を教えてくれる。さらに、釣り上げて触ると危険な魚やタコまで写真を使って見せてくれた。
熱海に限らず、近ごろは「初心者歓迎」「手ぶらでどうぞ」を謳う海釣り施設が増えている。
「海釣り施設」「海釣り公園」で検索し、近所のところを開き、そこが①レンタル用具があるか ②エサの販売はあるのか ③トイレなどの設備はあるか などを調べてみるといい。さらに、スタッフがいるかどうかも確認したい。
きっと、適度なドライブで周囲の海を楽しめ、海釣りに挑戦できる初心者歓迎の施設が見つかるはずだ。
さて、一通りの基礎知識を身に付けたぼくは、熱海の温泉街を海越しに眺めながら釣り針を垂らした。撒き餌を投げれば、小魚がぶわっと集まってくる。「こんな小物がほしいんじゃない」と強がる自分と「小さくていいから釣れてくれ」と願う小心の自分がいる。
熱海の師匠(スタッフですけども)いわく、釣り糸を振り過ぎてエサが取れても、魚に食い逃げされても、針がまる見えになって光ってしまうと掛からないのだとか。
慎重に。慎重に。針からエサが落ちないように注意しながらじっと我慢する。やがて、小さな赤い魚が掛かった。ネンブツダイというのだと、これまた教えてもらう。小さいけれど、唐揚げにするとうまいらしい。
こうして1時間、ネンブツダイ、ウルメイワシ、アジが釣果だ。どれも小ぶりだが、唐揚げ、刺身、なめろうでおいしくいただけると師匠。自宅に帰ってからも楽しみが続くのが釣りの魅力のひとつだ。
立派なサバも、干物にすべく狙った大きなアジもダメだった。それでも、楽しさは忘れられない。
釣りの後に、熱海名物のみかんのママレードと共に提供される紅茶を飲みながら、「釣り竿でも買ってクルマに積んでおくか」と思ったぼくだった。
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。