冬の風物詩ともいえる氷上のワカサギ釣り。分厚い氷に穴を開けて釣り糸を垂らす…そんな光景が高原の湖で見られます。しかし、地球の温暖化の影響で凍らない湖が増えて。そんなときに“ドーム船”が釣り人たちの強い味方になりました。
早朝の諏訪湖を民宿の窓より望む
マウスタイプのレンタル電動リール
出船は7時30分。釣り人が集まる
前回の連載でスケートを取り上げ、祖父が諏訪湖で“下駄スケート”で遊んでいたというエピソードを書いた。
当時、諏訪湖は毎冬凍って天然のスケート場になった。しかも、「お神渡り」と呼ばれる現象も毎年のように起こっていたのをご存知だろうか。
お神渡りとは諏訪湖が全面凍結した際に、湖の中央部の氷が両側から押されて盛り上がる現象だ。その独特の長い軌跡は「神々が湖を渡った跡」だと信じられ、お神渡りと呼ばれるようになったのである。
お神渡りが現れるためにはマイナス10度前後の日が続いて諏訪湖が完全に凍結し、さらに風も強すぎないといういくつかの条件が必要になる。
しかし、近年は暖冬の年が多くなったために「候補」は現れても、完全なるお神渡りが完成する年は少なくなってきた。
諏訪湖の神秘的な現象がめったに見られなくなったのと同時に、湖が完全に凍結することも減った。当然ながら、分厚い氷に穴を開け、防寒着を着込んで行う氷上ワカサギ釣りもできなくなった。
福島県の標高の高い湖などでは可能でも、巨大な諏訪湖でのワカサギ釣りは難しくなったのだろうと、ぼくは勝手に思い込んでいた。
そんなときだった。「諏訪湖でワカサギ釣りをしてみない?」と、友人に誘われた。
ぼくがさまざまな理由で釣りをしないのは、この連載の「海釣りにでかけた!」で書いた。そんなぼくが海釣りに続き、ワカサギ釣りにも挑戦!? おもしろいじゃないか、と素直に思った。
でも、凍らない諏訪湖でどのようにワカサギを釣るのだろうか。
ワカサギは太陽の光や水流、水温などを基準に湖を回遊する魚。岸部でのんびりと釣り糸を垂らしているようでは釣果が期待できない。では、氷結しない諏訪湖でどのように回遊ルートの上に陣取れるというのか?
「諏訪湖にはドーム船があるんだよ」と、友が微笑む。
「ドーム船は一種の温室みたいなものだから、それほど寒くないし、湖の真ん中に行けるから、釣果も期待できるよ」と、続ける。
諏訪湖のワカサギ釣りのシーズンは秋から春先の3月いっぱいといったところ。気象条件にも多分に左右されるらしく、暖冬の今年は「さて、いつまでできるのやら…」と、ドーム船を持つ民宿の女将が首を傾げる。
思い立ったらすぐに行かねば…こうしてワカサギ釣り体験にでかけた。
浮かぶビニールハウスの様相のドーム船
釣り客が1マスにひとり、船内は暖かい
おお! 初めて体験で一度に4尾
友人のクルマの後部座席にどっしり腰かけたぼくは、うつらうつらと諏訪湖畔の民宿に向かった。
ドーム船などを保有する宿で、夏の花火大会のときも湖上鑑賞ができるところだ。ぼく自身、ワカサギ釣りより前に、ここの船に乗って諏訪湖の名物花火大会を楽しんでいる。
ただし、そのときは日帰りだった。民宿に泊まるのは初めてである。
ワカサギの天ぷらが並ぶ夕食をすませて風呂を浴び、自室へ戻る。隣の部屋にも宿泊客がいるはずなのに、夜9時を過ぎると民宿内は静寂に包まれる。
「まあまあ、飲もうじゃないか」と、諏訪の銘酒「真澄」を友にすすめると、「静かにね」と釘を刺される。そうか、ここは釣り宿。常連客たちは早めに布団に入っている。
朝6時前、廊下を人が歩く気配に目が覚める。6時の朝食を前に宿泊客たちが起きはじめたのだ。
早々に身支度をすませて食堂へ。と、驚きの光景が待っていた。食堂内にあるフロント前に長蛇の列ができている。
ワカサギ釣りにやってきた日帰り客が、6時に開始された受付に並んでいるのだ。乗船名簿に記載し、乗船料金(3700円、ほかにお得なパックなどもあった)、遊漁券(日釣り券1000円)を支払っている。なかには、非常にコンパクトなマウス型の電動リールを借りる人もいる。
ワカサギ釣りに長尺の竿はいらない。目の前に釣り糸を垂らすだけなので、短い竿と便利な電動リールがあれば、快適に釣りができるのだ。
出船は7時半。ぼくらも列の横のテーブルで朝食をすませ、乗船の用意をして船へと向かう。船といってもそこはドーム船。まるで畑の中のビニールハウスのような風貌だ。
ビニールが湖上の風を遮ってくれるし、室内に置かれた石油ストーブが暖かい。
イスが置けるスペースの前は開いており、そこに釣り竿を垂らせばいい。
1艘の定員は50人弱でトイレ完備。1マスの幅は90cm。このスペースが湖上で自分のための釣り場所になる。
出船の7時半から釣り時間終了の午後3時までで、どれほどの釣果になるのか。期待感いっぱいのワカサギ釣りがはじまった。
釣り開始から間もなくは沈黙が船内に流れる
ラッシュ時を逃しては釣果を望めない
ワカサギ料理の定番は揚げもの
※撮影協力/雨森和大
諏訪湖のワカサギは1910年ごろに水産動物学者によって霞ヶ浦より運ばれ、それが繁殖して定着したという説が強い。そして、いつしかワカサギの甘露煮は諏訪湖名物として知られるようになった。
ワカサギは諏訪湖の名物であるとともに諏訪湖の貴重な資源のひとつ。それを保護するために釣りが解禁されるのは9月中旬から3月末ごろまで。
自主規制もしており今年の場合、釣り時間は午前8時から午後3時と定められている。さらに、ひとりの上限は500g。それ以上の釣りは厳禁だから、釣り人の目標は500gとなる。
釣り開始時間が迫れば、ドーム船の中は少々ざわつく。ベテランは冷静に、初心者は隣のアドバイスを受けながらエサの紅サシの半切りに挑戦する。
ワカサギは紅サシを食べるというよりも、紅サシの内部のエキスに引き寄せられるとのことなので、この半切りの作業が釣果を左右するのだ。
釣り糸を垂らしはじめると、しばらくして周囲にアタリが出た。ワカサギは回遊しているので、このときを逃してはいけない。
5本針が付いた仕掛けにせっせと半切り紅サシを付けて、湖に垂らす。ピクリとした感触が伝わり、釣り糸をあげれば複数のワカサギが釣れている。
「ラッシュや」と隣人が笑う。初心者のぼくは笑っている余裕などない。ひたすら半切り、そして仕掛けを垂らす。この連続。
ワカサギが湖上にあがると、キラキラと光って美しい。
やがて、釣果は増えていった。
早上がりを希望すれば12時、13時、14時に迎えに来る小舟でドーム船を離れるのも可能だが、ワカサギと対峙している時間が惜しくてマスを離れられない。
3時を前に500g手前に達し、ぼくは竿をしまい、仕掛けを片付けた。
仲間と釣った大漁のワカサギ。これを天ぷらでいただくのか、佃煮や南蛮漬けにするのか、醤油干しをこしらえるのか。それは釣りの達人である友に任せることにしよう。
< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。