蔵王の山々を越えて宮城と山形を結ぶ“蔵王エコーライン”は、9月下旬からみごとな紅葉に包まれます。蔵王エコーライン経由で蔵王ハイラインを利用して刈田山山頂に出れば、そこには「蔵王参詣」で人気を博した刈田嶺神社があります。
遠刈田温泉の里宮。隣接して日帰り温泉施設がある
蔵王エコーラインの入り口には巨大鳥居が
山頂にある刈田嶺神社(奥宮)
蔵王と聞けば何をイメージしますか? スノーボードが趣味の私には“樹氷”が頭に浮かびます。
シベリアから吹く季節風が日本海の水蒸気を含み、雪雲となって日本海側に上陸。朝日連峰、山形盆地を通過するうちに、雲の中の粒は0度以下でも凍らない過冷却水滴になります。
それらが雪と混じり合って蔵王に降り注ぎます。
蔵王は亜高山帯に育つアオモリトドマツに覆われた山です。一定の気象条件が整えば、雪雲の中の雲粒が枝や葉にぶつかって凍りつき、やがて隙間が埋まって徐々に「雪のモンスター」と呼ばれる巨大な樹氷に育っていきます。
雪が降らない国の観光客を集め、スキーヤーやスノーボーダーを格別な気分にさせる蔵王の樹氷ですが、雪が降りはじめると“できなくなること”もあります。それが刈田嶺神社詣でです。
蔵王エコーラインは宮城県の遠刈田温泉から蔵王連峰を抜けて山形県の蔵王温泉まで高所を結ぶ道路です。
「日本百名道」にも選考されている景色のよい道で、途中で蔵王ハイラインに入れば刈田山山頂付近までクルマで一気に行くことができます。
しかし、冬季は積雪のために蔵王エコーラインも蔵王ハイラインも通行不可になります。
毎年11月初旬から4月下旬までが不通。つまり、刈田山の山頂までは行けなくなってしまうのです。
蔵王連峰のひとつである刈田山山頂には刈田嶺神社があります。また、その神社から見下ろせるのが「御釜」の絶景です。
蔵王は約100万年前に活動を開始したとされる説がある火山で、約3万年前にカルデラを形成しています。その後、約3000年前に東側外輪山が崩壊し、ほぼ現在のかたちになりました。
さらに、1182年の噴火により御釜が誕生。1820年以降は太陽の加減によってエメラルドグリーンにも、濃紺にも見える水を湛えた御釜となりました。
11月上旬には閉鎖されてしまう蔵王エコーラインを使う刈田嶺神社詣で。とくに紅葉が美しい9月下旬からはおでかけのチャンスです!
エメラルドグリーンに輝く御釜
山頂に積まれたたくさんのケルン
全国を旅すると山が信仰の対象となっている例をたくさん見かけます。
山岳信仰は狩猟民族や鉱山や森林の恵みを日々の糧にしている人々が、自然に対して抱く畏敬が基となっている場合が目立ちます。
神様が山に鎮座する、あるいは神様が降臨する、さらに死者の魂が山に帰るといった考え方も見られます。
さらに、「火山を諌める」といったケースも見受けられ、鳥海山、富士山、御嶽、阿蘇山などがその対象でしょう。
蔵王も活火山です。2015年には火山性地震が増えていることから気象庁が「警戒レベル」を発しています。
過去を振り返れば1800年代には度重なる水蒸気噴火を起こしていますし、1900年以降の歴史を見ても1918年の御釜沸騰、1940年の小規模水蒸気噴火などが記録されています。
つまり、蔵王は必然的に信仰の対象になるべくしてなった山でした。
加えて蔵王には奈良吉野の金峯山より蔵王権現が奉還されたという歴史があります。
釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊が合体したとされる蔵王権現は、吉野山の蔵王堂に祀られています。
蔵王権現が勧請されたことで、平安時代から修行者がこの地を訪れるようになったために、“蔵王山”と呼ばれることになりました。
江戸時代の後期になると、伊勢参り、富士参りなどが流行しだし、蔵王参詣も一大ブームになりました。多くの人が蔵王大権現を参拝したのです。
時代を経て現在では刈田嶺神社と呼ばれるこの神社、刈田山山頂の社は「奥宮」で、遠刈田温泉の社を「里宮」と呼びます。ご神体は夏季には奥宮、冬季は里宮に季節遍座しているそうです。
ご利益は水難守護、天候祈願、子授かり、安全祈願などとなっています。東北地方の山間部の神社ですから、天候や自然に対するご利益、あるいは長旅に関わる安全祈願などが主なのでしょう。
安全祈願に訪れる人も多い
日本有数の温泉地、蔵王温泉
巨大露天風呂がある日帰り施設
遠刈田温泉は「こけし作り」の街としても有名です。そこから始まる蔵王エコーラインの入り口には大きな鳥居がありました。
蔵王エコーラインは当初、森林の中を行く曲りくねった道ですが、徐々に樹高のある樹木は姿を消し、高山地帯へと入っていきます。蔵王ハイラインの入り口で山頂駐車場利用料込みの通行料を支払って刈田山山頂へ。
駐車場にクルマを停めて山頂レストハウスに入ってしばし休憩。駐車場側とは反対のドアを出れば景色は一転します。完全に山の世界が目の前に広がっています。
展望台まで行くと眼下に御釜、はるか東側には「下界」といった雰囲気の太平洋側平野部が見えました。
刈田嶺神社までは約10分の登りになります。
訪れた日は風が強く、神社がガスで見えなくなったり、青空の中に浮かんだり…。それが奥宮をより一層、神秘的に見せました。
神社のそばにはたくさんのケルン(石が積まれた小山)がありました。元来、登山家たちの道標だったとのことですが、刈田嶺神社で見たケルンは曼荼羅や輪廻をイメージさせます。
そして、神社から見下ろす御釜のほうが、展望台から見たそれよりも俯瞰度が増し、はるかに幻想的に見えました。
さて、クルマによって楽に、気軽に参拝できるとはいえ、山歩きをした後は温泉に浸かりたくなります。
「待ってましたー!」、とばかりに入浴したのが蔵王温泉です。
蔵王温泉は硫黄の強い独特の温泉で、温泉地に漂う匂い、白にごりの湯の色と共に、「温泉に来た」という実感が強い温泉です。
いくつかの日帰り温泉施設もありますから、宿泊をしなくても温泉の魅力が堪能できるでしょう。あ、もちろん、宿泊して山形地産のグルメと温泉を十分に味わったほうがよりいいのですが…。
私の場合、樹氷に囲まれてロングコースを滑るのが好きで、冬季の蔵王はしばしば訪れていますが、夏季にゆっくりと来たのは久しぶりなので蔵王の温泉旅館で1泊。
蔵王の湯で身体と心を洗濯し(蔵王温泉はその泉質から石けんいらずの湯と言われています)、湯上りに名物の「玉こんにゃく」を頬張る。なんとも素敵なパワースポットめぐりになりました。
< PROFILE >
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。
遠藤 里佳子
旅行雑誌ライター。国内外の旅を多く取材。全都道府県を制覇(通過ではなく宿泊をしてカウント)したのは32歳のとき。ハワイやカナダ、オーストラリア、東南アジア、中国など太平洋圏に詳しい。