藤七温泉は八幡平山頂に近い海抜1400mにある東北最高峰の一軒宿。雄大な八幡平や岩手山の景観と同様、野趣あふれる露天の「ぶくぶく自噴泉」が圧巻だ。
彩雲荘入口外観。本館、別館で26室、90名まで収容できる
露天風呂脱衣所前には“金勢様”が鎮座。なかなかの存在感だ
いちばん最初の浴槽だった混浴大浴場。混浴内風呂と混浴露天風呂は19:30~20:30は女性専用となる
混浴露天風呂。手づくり感満載の石積みの浴槽
場所によって絶え間なくあぶくが出続ける場所もあるのが温泉の神秘だ
山のいで湯の宿を予約する時に、気に留めておかなければならないことがある。 それは、通年営業しているとは限らないということだ。
冬の間は雪に閉ざされ、冬季は休業してしまう宿も少なくない。
いや、だからこそ、周囲には自然が残され、春から秋にかけてのハイキングに、貴重な中継基地となってくれるのだ。
岩手県・八幡平にある藤七温泉も、そんな山の宿だ。
営業期間は4月下旬から10月下旬まで。
海抜1400mの高地にあり、パンフレットには“東北最高峰の山の宿”とうたわれている。
位置は安比高原スキー場の南西。
東北自動車道・松尾八幡平ICから県道23号線の八幡平アスピーテラインに入り、そのまま西へ山をぐんぐん上がっていく。
盛岡駅から1時間ほど走ると、八幡平山頂レストハウスの駐車場に到着する。
この一帯は十和田八幡平国立公園になっていて、八幡沼への散策にちょうどいい。
駐車場を基点にして一周約1時間ほど。
南東の方角にはシンメトリーな美しい岩手山がそびえ、湿原にはニッコウキスゲやハクサンチドリ、キンコウカといった高山植物を見つけることができる。
ところどころ、岩肌の上に白い山のように見えるのは残雪だ。夏の到来とともに低木が一気に芽吹いてゆくと、雪は次第に消えてゆく。
アスピーテラインをこのまま抜けていけば後生掛温泉に至り、合流する国道341号線を北上すると鹿角市に到達する。
鹿角市といえば、大湯温泉や大湯環状列石が有名だ。
八幡平はいたるところで温泉が湧く、一大温泉ゾーンでもある。
さて、目的地の藤七温泉は、八幡平頂上レストハウスから南の樹海ラインを少し走ったところにある。
ちょうどこの取材は春から夏へと移り行く時期で、盛岡では晴天だったにもかかわらず、アスピーテラインを上がっていくにつれ霧が次第に濃くなっていった。
濃密な雲の中に突入していく気分を味わいながら、ワインディングロードを走らせる。
藤七温泉彩雲荘は一軒宿。
建物は飾り気もなく、いかにも山の宿といった風情が漂う。
さっそく名物の露天風呂に入ることにした。
建物の右、内湯の混浴大浴場の入り口には、木彫りの立派な“金勢様”が待ち構えていた。子宝や縁結びのお参りをすると、フロントでお札がもらえるという。
その混浴大浴場には、乳白色の湯がなみなみと湛えられていた。
なめると酸っぱい強酸性で、玉子臭が漂う。
典型的な硫黄泉だ。
もともと、藤七温泉はこの浴槽がはじまりだった。
格子戸から外に抜けると、目の前に大きな露天の浴槽がいくつも広がっていた。
岩を積んで囲った、野趣あふれる露天風呂。
混浴露天だけで5つの湯舟があり、このほかに女性専用の露天風呂が2つある。
湯に近づくと、あぶくが絶え間なく下から湧いてきているのがわかった。
これまでいくつもの自噴泉を見てきたが、これほど湯床からあぶくが出ているところはない。
これこそまさに「ぶくぶく自噴泉」だ。
浴槽の底は板敷になっていて、あぶくはその隙間から湧いてくる。
宿の方に話をうかがうと、板の下は泥というか、岩砂になっていて、湯はあちらこちらから湧いているのだという。
熱湯に近い高温のため、すべての浴槽は加水。
ただし、循環も加熱もなしのかけ流しスタイルは守っている。
日によって温度が異なるため、水を入れる加減によって湯舟の温度がまちまちになる。しかも、同じ湯舟でも、場所によっては熱いところとぬるいところがあり、あぶく感が激しい場所では熱くて入っていられない。
どの露天風呂がいちばん気持ちがいいか、ハシゴ湯をして適温の場所を探すのが新鮮だった。
本館にはもう一か所、内湯があって、そちらは男女別の内湯にそれぞれ露天風呂が併設されている。
混み具合、気分次第でどこでも入れるのが、じつにおおらかだ。
フロントの方の話によれば、宿は90年ほど前に営業をはじめたという。
ここ10年ほどで露天風呂の数が増えていった。
露天風呂で一番気持ちがいいのは朝方。
雲海の上で、露天風呂に入りながらご来光を眺めるのが至福の時だとか。
あいにく私の滞在中には雲の中から出ることはできなかった。
しかし、またここに来る理由ができたと納得しながら宿をあとにした。
盛岡駅からは東北自動車道と八幡平アスピーテラインを利用して約63㎞、70分。鹿角市からは国道341号線と八幡平アスピーテラインを利用して約43㎞、60分。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。