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極上の豪華列車でゆったりとした旅を楽しめるクルーズトレイン「ななつ星in九州」。そのツアーの中継地として提供されるおもてなしの宿が「天空の森」だ。約60ヘクタールもの広大な敷地にヴィラがわずか5つ。大自然を独り占めできる露 天風呂は圧巻のひと言。
南きりしま温泉 天空の森
所在地:鹿児島県霧島市牧園町宿窪田市来迫3389
●泉質:ナトリウム・マグネシウム・カルシウム-炭酸水素塩温泉
●源泉温度:57.6度
●pH:6.5
●湧出量:75?/分
TEL:0995-76-0777


ヴィラ「花ちる里」のウッドデッキと露天風呂。霧島連山を望み、季節を感じられる


日帰り滞在のランチ風景。敷地内の好きな場所にテーブルをセッティングできる

自家製の無農薬栽培の野菜や薩摩鶏のローストなどやさしい味。シャンパンを添えて

「花ちる里」のヴィラ。シャワー、トイレ、床暖房も完備。自然を体感できる

レストランパビリオン。野菜畑には30種以上を常時栽培している


2016年9月、九州をクルーズトレインでめぐる「ななつ星in九州」の、第5弾となるプレミアムツアーが発表された。
4泊5日の日程で、2名1室ひとり70万円から、という高額ツアー。参加できるのはわずか14組だけで、なかでもDXスイートの2組だけが、3日目に泊まれる宿がある。それが霧島にある宿「天空の森」だ。

取材で、天空の森の日帰りプランのヴィラを訪れることになった。

鹿児島空港から約12.5㎞。
レンタカーを借りて天空の森に向かう。
国道504号線から右折して県道56号線に入ると、風景は里山から渓谷へと変わっていった。
再び民家が現れたところで右折すると、1㎞ほど進んだ右手に、天空の森と岩に名が刻んである宿の入口に到着した。
ここからは宿に連絡を入れて、ホテルスタッフが運転する電動カートに乗り換えての移動となる。

急勾配で手入れの行き届いた竹林をカートで縫うように上がっていくと、ほどなく木造のフロントらしき建物が見えてきた。
建物の周りは畑。右手がフロント&キッチン。奥の大きな建物はレストランパビリオン。意外なほど簡素だが、まさに森の中のレストランといった雰囲気が漂っている。

天空の森の敷地面積は約60ヘクタール。東京ドーム13個分に相当する。
その広大な敷地に、宿泊ヴィラが3棟、日帰り専用棟が2棟。ゲストが滞在する部屋はわずか5棟しかない。
それぞれのヴィラは独立していて、周囲に他の宿泊客がやってくることはないため、プライベートが完全に保たれるようになっている。

建物がほとんど見えないあまりの敷地の大きさに戸惑いながらも、カートはさらに奥に進んでいく。
高低差のある段々畑では、スタッフが農作業している姿が見える。

途中、カートは斜面を下って、雑木林の中を流れる川岸に近づいて行った。
道路は川辺に向かって一直線に伸びている。
このままだとカートごと川に突っ込む! 
ジャブン、と川に入ったかと思いきや、川面のすぐ下は棚のような巨大な一枚岩。
カートは何事もなく、水面を走るかのように進んでいった。
気分は東京ディズニーランドのジャングルクルーズ。思いがけない演出にびっくりした。

この水場では、テーブルをセッティングして食事をすることもできるのだという。
どんな要望でも、ゲストの望みを叶えるのが、このホテルのおもてなしのひとつになっている。

川の中を進むのは、風がひんやりして心地いい。
ふと、川岸のところどころに、岩を積んで水をせき止めているような場所があるのに気づいた。
もしや温泉が自噴しているのでは。
スタッフに聞くと、かなり古い時代に使われていた天然の露天風呂の跡だという。

この川面も広大な敷地の中なのか……
どれだけのエリアが天空の森なのか、野山がいくつあるのかわからなくなってきた。

カートは舗装路へと戻り、分岐をいくつか曲がると、日帰り棟の「花ちる里」というヴィラの前で止まった。
手作り感の漂う、木造平屋建ての建物。

靴を脱いで中に入ると、小ぶりな部屋の中央にクイーンサイズのベッドが2台置かれていて、壁一面が木枠のガラス扉になっている。
そのガラスの先に、広大なウッドデッキが広がっていた。

どのぐらいの大きさがあるだろう。
資料を見るとリビングルームは24.6㎡だが、ウッドデッキはその5倍はある。
さらにウッドデッキの片隅には、4畳ほどありそうな露天風呂が設けてあった。
高千穂峰、新燃岳、韓国岳といった霧島連山を一望する、視界を遮るもののない小高い丘の上。
鉄塔やビルなどの人工物がなく、そこには野山の木々と大空だけが存在している。
これまで訪れた、どんな宿でも見たことのない、大自然の中の贅沢な空間と風景がそこにあった。

オーナーの田島健夫さんは妙見温泉の温泉宿の次男坊として生まれ、銀行員を経たあと、家業を継いで「忘れの里 雅叙苑」をオープンさせた。
茅葺屋根の家屋、放し飼いの鶏、囲炉裏や土間の井戸端といった九州の原風景を再現した名宿。
質の高いおもてなしや自家菜園の野菜を使った料理などが高く評価され、日本で15番目、九州では初の「ルレ・エ・シャトー」に2015年に認定された。「ルレ・エ・シャトー」はパリに本部を置く、世界的権威を誇るホテルとレストランの会員組織だ。

天空の森の土地を入手したのが平成4年のこと。
最初はオーナーひとりで2年間、道路も通っていない7万坪(約23ヘクタール)の土地を開墾することから始まった。一本一本竹を切り、木を伐採して開拓していく。
電気と水道を通すまで10年かかった。  

「ホテルというのは装置産業ですが、旅館業というのは、私は文化産業だと思っているんです。文化を守るためには、その地域の人々が生き残るためのメカニズムがなければならない。その土地の人が働くことで、地域の生活文化は残っていく」

だから、天空の森にある建物は、すべてこの土地から出た木材を加工したものだ。設計は田島さん自らがデザインし、地元の大工とともに少しずつ手を加えて、ここまでの形を作り上げてきた。形のいい枝は、部屋のシャンデリアやランプシェードに加工される。

敷地内のゲストには見えない場所には、切り倒した木を保存する貯木場があり、木工所や炭焼き小屋も設けられている。
落ち葉は数カ所にまとめられ、発酵させて、有機肥料として使う。
余った野菜は薩摩鶏の餌となり、御馳走として宿泊客に振舞われる。
畑を耕したり、建築の保存、修復に携わるスタッフも、この地域に住む地元の人々。
天空の森に完成形はなく、野山のどこか、建物のどこかで、つねに手を加え続けているのだ。

池に映り込んだ月を見ながら露天風呂に入れる「ブーアの森」は、盟友忌野清志郎と共に開墾したエリア。
彼の死によって6年ほど寝かせることになったが、川内原発の再稼働を機に、田島さんは再び着工することを決意し、16年夏にお披露目となった。 いまのところ宿泊者だけに解放されている、森の中の休憩所だ。

話をうかがっていると、天空の森は単なる高級温泉宿といったものではなく、こうした循環を作り出している、観光文化を保存していくための経済システムとも思えてくる。

夕暮れが迫るころ、ウッドデッキの露天風呂に浸かってみた。
湯底は石板になっていて、湯舟は浅く、縁に頭を乗せると寝湯をするのに塩梅がいい。 温度はぬるめで長湯もできそうだ。
一部、掘りごたつのように深くなっているところがあり、肩まで浸かると、腰のところに温かな湯が当たるようになっている。
温泉はほんのりとミネラルの香りがして、炭酸もほんの少しだけ体にまとわりつくようだ。
源泉かけ流し、霧島連山を眺めながらの贅沢なひととき。

しばし体を横たえていると、風が流れ、雲が動いて、鳥の声が聞こえてきた。
こんなふうに自然を感じるのは、いつ以来だろう。
ヴィラにはカーテンレールはあっても、カーテンは取り付けられていない。
だから太陽とともに起き、日が沈むとあたりは暗闇に包まれる。
他者の目を気にすることなく、自分がやりたい恰好のまま、自然の中で一日を過ごす。

「天空の森は人間性回復の場所なんです」

なぜ、高額な宿泊費にもかかわらず、世界中から人が訪れ、みな感動して何度もここを訪れたくなるのか。
田島さんの言葉が、すべてを語り尽くしていた。

「おでかけマガジン」より、みなさまへ読者プレゼント実施中!

鹿児島空港からは12.5㎞、約20分。国道504号線に入り、県道65号線を右折。突き当りの国道223号線を左折。約4.2㎞先の「和氣神社」の看板を右折。1㎞ほど進むと右手に入口がある。「天空の森」と名前が彫り込んである小ぶりな岩が目印。最寄りのインターチェンジは九州自動車道・溝辺鹿児島空港IC。ルートは上記と同様となる。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
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