三朝(みささ)温泉は、鳥取県のほぼ中央部に位置し、日本海に近い三徳川沿岸に湧き出る温泉を泉源とした温泉地だ。泉質は世界でも珍しい放射能泉のラドン泉。温泉街には古い日本家屋の旅館も建ち並ぶ。約850年前に、源義朝の家臣が発見したと伝わる、由緒ある温泉だ。
三朝温泉 旅館大橋
●住所:鳥取県東伯郡三朝町三朝302-1
●泉質:含放射能-ナトリウム-塩化物泉
●泉温:63.1度
●pH:6.3
●湧出量:不明
●日帰り入浴:15:00~21:00(1000円)
TEL:0858-43-0211
●住所:鳥取県東伯郡三朝町三朝302-1
●泉質:含放射能-ナトリウム-塩化物泉
●泉温:63.1度
●pH:6.3
●湧出量:不明
●日帰り入浴:15:00~21:00(1000円)
TEL:0858-43-0211
旅館大橋のエントランス。重厚感のある唐破風と大看板が印象的
大橋の建築への美学が反映した文化財客室。こちらが「南天の間」
丁寧な仕事が映える前菜12種盛りと白魚しんじょのお椀
天然巌窟の湯。4~5人は入れそうな湯舟が3つ並んでいる。すべて泉質の異なる自然湧出のぶくぶく自噴泉
岩と岩の隙間から適温の湯がぼこぼこ噴き出してくる
三朝温泉街にはギャラリーや飲食店、スナックもあってそぞろ歩きも楽しい
三朝橋のたもとにある無料の河原風呂。脱衣所の手前は足湯
温泉の泉質名には、食塩泉や硫黄泉などといった、なじみ深い名称のほかに、放射能泉というものがある。
ごく微量のラドンを含む放射性の気体が肺から体内に入り、血管を通って全身を刺激する。細胞は“異物”を追い出そうとして免疫力が高まり、活性化するというものだ。
尿酸を排出するので、「痛風の湯」と呼ばれることがある。
よく知られた温泉地だと、秋田・玉川温泉、兵庫・有馬温泉、山梨・増富ラジウム温泉、鳥取・三朝温泉などが挙げられる。
古くから民間療法として、病気治療のための湯治場として、多くの人が訪れている温泉地だ。
放射線の影響については、ホルミシス効果について触れておかなければならないだろう。
ホルミシス効果とは、有害となる要因のものでも、有害となる量に達しない場合は有益な刺激がもたらされるという考え方だ。
放射線は、高線量の場合はDNAを損傷し、突然変異によって細胞ががん化するが、低線量ではむしろ、細胞の活性化をうながし、免疫力を高める効果があるとされる。
たとえば、太陽光には紫外線が含まれるが、日焼けをし過ぎると皮膚がんの原因となる。しかし、適度な日光浴は、体にビタミンDを作るために必要なものとなる。
放射線の影響についての見解は、研究機関によって賛否の立場が異なっているのが実情だ。EPA(アメリカ環境保護庁)のように、ホルミシス効果自体を否定するところもある。
ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告する線量限度は、一般人については1年で1ミリシーベルト、放射線作業従事者では任意の5年間の年平均で20ミリシーベルト、かつ年間50ミリシーベルトを超えないとしている。
日本の現在の法律では、外部被ばく線量の上限値が、妊娠する可能性のある女性以外の場合には、5年で100ミリシーベルト、1年で50ミリシーベルトとなっている。ちなみに一番制限の厳しい妊娠中の場合、腹部表面被ばくが2ミリシーベルトに制限されている。
(0.001シーベルト=1ミリシーベルト=1000マイクロシーベルト)
放射能泉と呼ばれる条件は、ラドン含有量が1㎏中に、30×10-10キュリー(=111ベクレル=8.25マッヘ)以上。シーベルトに換算すると、概算で2.78ミリシーベルト/年(=0.32マイクロシーベルト/時)になる。
ふだん私たちが住んでいる家の中で放射線量を計測すると、だいたい0.1マイクロシーベルト/時だから、おおよそその3倍ぐらいの放射線量が、放射能泉と呼ばれる基準となっていることがわかる。
さて、前置きが長くなったが、今回取り上げたいのは、放射能泉で有名な、鳥取県にある三朝温泉だ。
鳥取県のほぼ中央部、日本海に流れ込む天神川をさかのぼり、支流の三徳川を東に3.5㎞ほど進んだ渓流沿いに温泉街が広がっている。
三朝温泉の歴史は古い。
三朝温泉旅館協同組合のホームページには、850年前に発見された、白い狼の由来が記されている。
<三朝温泉の由来は、およそ八百五十年以上も昔のこと。大久保佐馬之祐というお侍さんが、年老いた白い狼に出会い、一度は弓で射ようとしますが、思いとどまり見逃してあげることに。その夜、左馬之祐の夢に妙見大菩薩が現れて、白い狼を助けたお礼に温泉の場所を教えてくれたのです。以後、救いのお湯として、村人たちの病を治したと伝わります。>
大久保左馬之祐(さまのすけ)というのは源義朝(1123-1160)の家来で、主家再興の祈願のため、三徳山にお参りに行く途中で、白い狼を見つけたのだという。
義朝は平清盛(1118-1181)の同世代人で、頼朝、義経の父に当たる。左馬之祐(左馬之助)は役職名だろう。姓は大久保でも名はわからない。
『日本鉱泉誌』(内務省衛生局編纂・明治19年刊)によると、温泉の発見は長寛二年甲申(1164)八月とある。
解説の原文をひらがなづかいにして書き下してみる。
<白狼あり。本村古楠の樹根を穿ち其根株に枕して臥す。其下温気の発するを見る。因て其處を鑿ては果して温泉を得たり。故に枕株湯の名ありと云う。>
「村の古い楠の根元にくぼみを作って休んでいる白狼を見つけた。その下が温かいのに気づき、ノミで掘ると温泉が出てきた。その由緒から枕株の湯と言う」といったところか。
三徳山(みとくさん)は、役行者(役小角/634-701)が慶雲三年(706)に開山。
慈覚大師円仁(794-864)が、嘉祥二年(849)に阿弥陀如来、大日如来、釈迦如来の三尊を祀ったことから、天台宗三徳山三佛寺と呼ばれる。
標高520mの断崖絶壁に、吸い付くように投入堂が築かれている。参拝登山事務所からでも、標高差は200mある。これは、木造舞台造りの奥の院。国宝に指定されている。これはこれで必見だ。
まぎらわしいのだが、温泉街の周辺だけ、この川を三徳川ではなく、三朝川と呼ぶらしい。観光地として呼びやすいようにとのことだろうが、地元で配布される散策マップには「三朝川」とあり、上流の三徳山に行くと正式名称の「三徳川」と呼ばれている。
発見の湯となった「株湯」は、公衆浴場として温泉街の最も上流にある。地元では「元湯」と呼ばれ、300円で入浴できる。
温泉街の中央に架かる三朝橋のたもとには、露天の河原風呂がある。脱衣所があるだけで、橋から丸見え。無料で24時間入れる。野趣にあふれ、三朝に行ったら、ぜひ体験してみたい湯でもある。奇数日の午前中は清掃だ。
宿に選んだのは、河原沿いに120mにもわたって木造二階、三階建ての棟が連なる旅館大橋。
昭和七年創業で、国の登録有形文化財にも指定されている由緒ある宿だ。
見事な唐破風の玄関には、「天然岩窟の湯 大橋」と木彫りの大看板が掲げられている。
客室は、天井や床柱に贅が尽くされ、ひとつとして同じ造りがない。
桜の間、梅の間といったように、銘木がそのまま部屋の建材に使用されていて、宮大工の遊び心が感じられる。
圧巻なのは「南天の間」。
天井の南天の枝が部屋の中央から放射状に広がり、このような造りの建築にはお目にかかったことがない。
本館や離れだけでなく、大広間や棟と棟とをつなぐ太鼓橋も国の文化財指定。建築を楽しむだけでも見ごたえ十分だ。
料理へのこだわりもすごい。
総料理長は平成一五年に「現代の名工」、一八年に「黄綬褒章」、二一年に調理師会の殿堂「インターナショナル・美食・アカデミー賞」を受賞している。
地元の食材をメインに使った懐石料理は、次の膳が出てくるのが楽しみになるほど。
お造りひとつとっても、平目を軽く炙った焼き霜造りにし、辛めの紅芯大根をすりおろすなど、創作性に富んでいる。
そして温泉。
三徳川のせせらぎを聞きながら入れる露天風呂、ミストサウナもいいのだが、なんといっても内湯の「天然巌窟の湯」に圧倒される。
ごつごつした河原の岩を取り除いて作ったような湯舟が三つ。
五つある自家源泉のうち、三つの湯舟から、それぞれ温泉が自然湧出する「ぶくぶく自噴泉」になっている。
三徳川に湧き出ていた温泉を利用して湯舟が作られているため、川そのものに入っているような趣がある。
横に並んだ三つの湯舟は、右から上之湯、中之湯、下之湯と名づけられていて、中之湯と下之湯はラジウム泉、上之湯が三朝ではここだけのトリウム泉になっている。
トリウム泉は世界でも最高濃度を誇るというほどのお湯だ。
平成十五年の温泉分析書を見ると、ラドン濃度は302×10-10キュリー/㎏。
換算すると、これは83.1マッヘ、3.19マイクロシーベルト/時という高い数値になっている。
浴槽の中の大きな岩に腰かけ、岩に包まれるように浸っていると、時おり体の下からぼこっぼこっと湯が湧いて出てくる。湯はつねに新鮮なものと入れ替わり、湯舟の外へかけ流されていく。
体を活性化させる、唯一無二の新鮮な自噴泉。
建築、食事、温泉という、三要素のすべてが世界最高レベル。
どこを探しても、これほどの湯宿はない。
大阪方面からは中国自動車道・院庄ICから国道179号線で北の倉吉方面へ。院庄ICから約56.5㎞、70分。広島方面からは中国自動車道を経て米子自動車道・湯原IC、国道313号線で倉吉へ。湯原ICから約44㎞、60分。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。