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美術館に行く。それは一時の鑑賞ではあるけれど、そこでの思い出が後々まで続くことがあります。日本はアメリカ、ドイツに次いで400館弱と世界で3番目に美術館が多い国なのです。美術館めぐりと美術館で筆者が体験した“微妙”な経験をご紹介します。

美術展に展示された村上隆氏の作品をそのまま表紙にした「世紀末ゲマトリア大予言」(残念ながら絶版)


本文には村上隆氏がペンで書き下ろしたバベルの塔を載せた


出版社に勤務している時は、そのほとんどを雑誌の編集部にいた。雑誌は定期的に販売されるから、いつも取材や締め切りに追われている状態だった。

印刷会社の最終入稿時間に間に合わせるために、編集部に寝泊まりするのも珍しくない。自慢できない事実だが、僕は会社の洗面所でシャンプーを含め、全身を洗える技術を身に付けた。

しかし、28~31歳のほぼ3年間は新書のセクションにいた。新書は各自が企画担当をして、年に8冊ほど出版するのがノルマだ。正直、雑誌編集部よりはるかに余り時間があった。企画立案に1カ月、企画が社内で通れば著者と打ち合わせて入稿。入稿すれば初校が出るのに1週間、最終校了まで1カ月半。その合間、合間に余り時間があった。

出版社は銀座。時間の余った僕はデパートめぐりを始めた。それに飽きると映画を見た。たぶん、年間30本くらい映画を見たと思う。

見たい映画がなくなると、公園や動物園に行った。昼から動物園に行って上野で酒を飲んで直帰なんてざらだった。

そして、美術館めぐりにたどり着いた。上野をはじめ東京に美術館は多い。

美術館めぐりは仕事にも生きた。先輩編集者は新書の表紙に有名画家やイラストレーターを用いた。でも、僕が同じことをしても意味がない。

そこで、新人の画家を探す。その時に美術学校の卒業展覧会はとても役立った。

ある年、上野で開催された東京藝術大学の卒展に行った。その時僕は、『世紀末ゲマトリア大予言』という、文字に秘められた暗号の解読本を企画担当していた。サブタイトルは「2027年人類は滅亡する!?」というセンセーショナルなものだ。

どういうカバーにするのかを迷っていた。

すると、卒展に「これだ!」と思う作品があった。

ピラミッドとカメレオンが日本画で描かれ、金箔も効果的だ。

通常、カバーは新作を描いてもらう。しかし、僕はこの作品をそのままカバーにしたいと思った。

受け付けで描いた学生を呼んでもらった。作者はすぐに来た。

希望を伝えると、中に絵はないのかと反対に尋ねられた。本文にも5点ほどイラストを入れる予定だ。 その旨を伝えると、ペン画で描いてみたいと返事があった。

本文はモノクロ印刷なので、ペン画は効果がある。

2週間後くらいにペン画があがってきた。非常に繊細なタッチで、見事な作品だった。

規定の謝礼ではもったいないと思えるほど描き込まれていた。

それを描いたのが東京藝術大学大学院生だった村上隆氏である。彼はその後、アーティスト集団「カイカイ・キキ」を主宰。映画監督をするほか、ルイ・ヴィトンの依頼でデザインしたり、フランスのベルサイユ宮殿で作品展を行うなど広く活躍している。

美術展で会った若い男性が、その後に世界で活躍する。あの時の美術館めぐりは一生の思い出になった。

丸亀駅前の猪熊弦一郎現代美術館


草間彌生 わが永遠の魂
国立新美術館(~5月22日)


オルセーのナビ派展 美の預言者たち
三菱一号館美術館(~5月21日)


以来、美術館めぐりが楽しくなった。特に旅の仕事をしていると各地で美術館を訪れる機会が増える。

企画展などは秀逸なものが多いし、美術館の建物を観るだけで興奮してしまうようなところもある。

美術は個人の主観が大事だから、とくに「ここ」とおすすめはしないが、もっとも気に入っている国内の美術館をあげるなら、香川県の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館だ。丸亀の駅前美術館であり、MIMOCAの愛称がある。

猪熊弦一郎?という方も多いだろう。でも、「三越の包み紙を描いた人」となると、現代アーティストとしての猪熊弦一郎が想像できるかもしれない。

1902年に香川県で生まれ、東京藝術大学卒業後は戦前のフランス、戦後のニューヨーク、ハワイを拠点に89歳まで活動している。

まずその外観に圧倒される。

美術館を設計した谷口吉生さんにインタビューしたことがある。この美術館がおもしろいのは、猪熊弦一郎が元気なうちに設計されたことだ。だから、アーティストの意見が多分に取り入れられている。

大きな建物をという要望を谷口さんは言われたそうだ。

そこで大きな展示室を作ると、その高い壁を観た猪熊弦一郎は、「この壁に合った作品にしないと…」と言い、作品を書き足して縦長の巨大な絵にしたそうだ。

こんな物語がある美術館はおもしろい。

今年は草間彌生さんの美術展が東京で開催される。さらに、オルセー美術館の美術展も開催される。

オルセーは元々パリのターミナル駅だった建造物を美術館にした。今でもその面影がある。そして、印象派の作品が多いことでも人気がある。

今回はボナール、ドニらを中心とする「ナビ派」と呼ばれる作品の展示が主だが、オルセーにはゴッホやルノアール、モネなどの有名な絵画も展示されている。

どうしても鑑賞者の多くはゴッホなどに集中するのだが、僕はオルセーでカミーユ・ピサロ(1830~1903年)に感じるものがあった。初期の作品は当時活躍していたコローなどに影響を受けた画法と色彩。それがやがて印象派として語られる作品になり、スーラやシニャックに見られる点描画法も取り入れる。しかし、晩年はまた初期の頃のような作品に戻るのだ。

スペイン・バルセロナのパブロ・ピカソの美術館でも彼の作風の変化がわかる。

美術館は画家の生涯が理解できる場所でもある。

オスロ美術館所蔵ムンク作『叫び』


プラド美術館所蔵ゴヤ作『裸のマハ』


海外に行く楽しみのひとつは、現地の美術館や博物館を訪ねることだ。

たいていはその地に行けた喜び、見たかった作品に出合えた喜びで満たされることになる。しかし、そうではないケースも…。

1994年、ノルウェー北部の都市、リレハンメルで冬季オリンピックが開催された。僕はスキー雑誌の編集長だったから、もちろん取材に飛んだ。日本のノルディック複合チームが金メダルに輝き、スキージャンプ団体、個人複合でも河野孝典が銀メダル、スピードスケートでも銅メダルを2個獲得するなど、98年の長野冬季オリンピックへの序章として印象に残るオリンピックだ。

そして、リレハンメルからオスロに出てからもお楽しみは残されていた。

オスロの美術館にはムンクの『叫び』がある。あるはずだった。

展示室に行ってみると、『叫び』のポスターがパラりと貼ってある。その場にいた居眠りしそうな女性警備員に「どうしたの?」と尋ねると、「ダレも知らない」との回答。僕は嘆いた!
『叫び』は当時「お粗末な警備をありがとう」というメモを現場に残した犯人に盗まれていたのだ。

ちなみに、3か月後には戻ってきたが、『叫び』はその後も盗難事件に遭っている。

ピサロの生涯を美術館で見てから、僕はどこかの美術館に行く前に、関連図書を読むのも好きになった。

『ゴヤ』は堀田善衛が1977年に大佛次郎賞を獲った名作である。スペインの画家、フランシスコ・デ・ゴヤを題材にした小説だ。

初めてスペインのマドリッドに行くことが決まった時に、この小説を読んだ。マドリッドのプラド美術館にはゴヤの名作中の名作『裸のマハ』と『着衣のマハ』があるからだ。

堀田善衛の『ゴヤ』も名作だったが、いかんせん長い。単行本で全4巻もあるのだ。

なんとか読み終えた1か月後、僕はプラド美術館のゴヤの展示室にいた。そして、茫然としていた。

『裸のマハ』がないのだ。あるはずの壁にはペラりと小さな貼り紙があった…。

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< PROFILE >
木場 新
休日評論家。主な出版物に共著の『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』、一部執筆&プロデュースの『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがある。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」の連載ほか。
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