スキーやスノーボードをする人にとっては山上に行くための“手段”かもしれませんが、これからの季節は雄大な風景を眺めながら別世界に連れて行ってくれる特別な乗り物がロープウェイです。日本各地にあるロープウェイで、数分間の空の旅を満喫しましょう。
ロープウェイは別世界の案内役
エギーユ・デュ・ミディからの景観
日本のスキー場に見られる多くのロープウェイは、出発点と終点の間に何本かの鉄柱があり、ロープが垂れないように支えている。それは当たり前の概念だった。
しかし、出発駅と終点をロープだけが結んでいるロープウェイに乗ると、なんとも不安が生じるのを初めて知った。
シャモニー(標高約1035m)はヨーロッパの最高峰、モンブラン(標高4807m)の山麓の町だ。山岳リゾートではあるが、それよりも人々が普通に暮らしている田舎町の感が強い。普通にマーケットがあり、酒屋があり、ピクルスを売る漬け物屋がある。町中のバーは、夕方になれば地元の人が集まってくる。
この町からモンブランの絶景が広がるエギーユ・デュ・ミディ(標高3842m)の展望台まで中間点を経て登るロープウェイがある。
標高差は約2800m。このロープウェイが、一気に天空を目指すのが数字でもわかるだろう。
中間点後がとくにすごい。遙か下にシャモニーの町並み。ロープウェイは地上から離れた空中をぽつんと進む。
ロープウェイの宣伝文句に「空中散歩」というのがあるが、まさに空中散歩であると同時に、もっとスリルのある経験となる。当然、ロープが切れたらひとたまりもない。
いよいよエギーユ・デュ・ミディというところからは、まるでエレベーターのようにロープウェイがほぼ垂直に上がる。そこに“おだやかさ”は微塵もない。ロープウェイに向かって、「がんばれ!」と、心の中で叫んでしまいそうになる。
高所恐怖症の方が間違って搭乗してしまったのなら、目をつぶるしか方法はないだろう。
こうして到着したエギーユ・デュ・ミディはアルプス上の別世界だ。
ヨーロッパの人々は、山の樹木を切ってロープウェイやゴンドラを架けることをよしとはしない。
反面、森林限界の上の岩場には、へっちゃらで、日本人の想像力では及ばない乗り物を設置する。
絶景のエギーユ・デュ・ミディ展望台だけでも十分なのに、その先にはモンブラン中央峰の展望台に続くエレベーターが設置されている。さらに、イタリア側のクールマイユール谷のはるか上に設置されたエルブロンネ展望台に続くゴンドラもある。それはまさに天空のルート。アルプスの絶景の中に浮かぶ小さな空間だ。
一度は眺めてみたいマッターホルン
噴煙上げる谷の上空を行く箱根ロープウェイ
人工物がほとんど見られない立山ロープウェイ
「あなたは残念ね。雪に覆われた景色しか見ていないなんて」と、母に言われたのを鮮明に覚えている。
僕はスキー雑誌の編集をしていたから、あの三角の山・マッターホルン山麓のツェルマット(スイス)には何度か訪れていた。しかし、それは冬に限定される。
父と母は初夏のツェルマットを訪れた。そして、ロープウェイで山上に上がり、下りはハイキングをした。エーデルワイスなどの花を愛で、適当な間隔で現れる山小屋のカフェでお茶やグラスシャンペンを楽しみ、緑のツェルマットを満喫したのである。
マッターホルンというのは、いろいろな意味ですごい山だ。
自動車が入れないツェルマットには電車で行くことになるが、駅に到着する寸前まで、まったく姿を現さない。イタリアのチェルヴィニア(ちなみにマッターホルンをイタリア語でチェルヴィーノといいます)側からもマッターホルンは望めるが、まったく容姿の異なる山となる。
ツェルマットからは登山電車で行くゴルナーグラート。地下ケーブルカーであがるスネガ展望台。そして、マッターホルン間近のクライネ・マッターホルンには高速ケーブルカー、大型ゴンドラ、ロープウェイを乗り継いで登る。
ツェルマットから扇状にこれらが架かり、あらゆる角度からマッターホルンが望めるのだ。
もちろん、搭乗券はそれなりに高い。しかし、太陽の角度によって色が変わるマッターホルンの美しい姿とアルプスの雄大な景色が身近に楽しめるのだ。その出費はパラダイスへのチケットといっていい。
ヨーロッパの話が続いたが、日本でも同様だ。
たとえば、大涌谷に向かう「箱根ロープウェイ」が別世界に誘ってくれる代表的なロープウェイの一つだ。早雲山駅から搭乗すれば、噴煙をあげる谷の遙か上を通って大涌谷に向かう。
また、さまざまな乗り物を経由して行く「立山ロープウェイ」も山岳ロープウェイの代表だろう。信濃大町方面から向かえば、関電トンネルトロリーバス→黒部ケーブルカーと乗り継いで搭乗することになる。
しまなみ海道を先に見る千光寺山ロープウェイ
東京湾を見下ろす鋸山ロープウェー
ロープウェイやゴンドラの設備をもつのは山が多い。観光客が少なくなる冬場もスキー場として十分に稼働するからだ。というよりも、スキーやスノーボードのために架けられた施設が多い。
スキーヤーたちが来なくなった夏場は、夏山登山の足として活躍する。
また、ゲレンデを花園に変えて観光客を招いているケースも目立つ。
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【バックナンバー 夏の日のスキー場】
http://www.smart-acs.com/magazine/16051501/nature001.php
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ところが日本は海に囲まれた国である。海に架かるロープウェイも少なくない。
巻頭タイトル横に使った写真は、紅葉名所として有名な「寒霞渓(かんかけい)」のロープウェイである。瀬戸内海国立公園の小豆島に架かっている。
写真だけを見ると岩山を目指すロープウェイに見えるが、窓の外には瀬戸内海が広がる。山頂からの景観もすばらしい。
同様に、広島県尾道にある千光寺山(せんこうじさん)ロープウェイも印象に残るものだ。
筆者はしまなみ海道が開通してから取材で何度も訪れ、瀬戸内海の多島美をその都度賞賛してきたが、その振り出し地点ともいえるのが尾道だ。
ロープウェイはさまざまな映画の舞台となった尾道の町を見下ろし、遠くしまなみ海道へと続く橋も見える。運河のような海にはフェリーが行き交っている。
ロープウェイに乗ったから見られる景色に時間を忘れてしまうほどだ。
搭乗時間は10分前後に過ぎない。しかし、ロープウェイは確実に別の世界に僕らを連れて行ってくれる。
これからの季節、ロープウェイの架かる場所におでかけしてみてはいかがだろう。
本コラムで取り上げた国内のロープウェイ
●箱根ロープウェイ
http://www.hakoneropeway.co.jp/
●立山黒部アルペンルート
https://www.alpen-route.com/model_course/
●寒霞渓ロープウェイ
http://www.kankakei.co.jp/ropeway.html
●千光寺山ロープウェイ
http://onomichibus.jp/ropeway/
●鋸山ロープウェー
http://www.mt-nokogiri.co.jp/pc/p010000.php
< PROFILE >
木場 新
休日と旅のプロデューサー。主な出版物に『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがあるほか。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」を連載。数々の雑誌に旅関連記事を執筆。
木場 新
休日と旅のプロデューサー。主な出版物に『温泉遺産』、『パックツアーをVIP旅行に変える78の秘訣』などがあるほか。ウェブサイト「YOMIURI ONLINE」に「いいもんだ田舎暮らし」を連載。数々の雑誌に旅関連記事を執筆。