湯船の横の鳥居の奥にある大きな岩から注ぎ出る44~46度の湯と、湯船の底で湧く31~34度の湯が混ざって適温となり、巨大な浴槽を満たして贅沢にかけ流されていく。至福の温泉があるのが奥甲子にある一軒宿「旅館大黒屋」です。
湯小屋も立派で風情ある大岩風呂
本館は平成19年に改築された
阿武隈川沿いの湯小屋に続く長い階段
大岩風呂にある鳥居と子宝石
大岩風呂は混浴だ
大内宿まではクルマで32kmのドライブ
元湯甲子温泉 旅館大黒屋
●住所:福島県西白河郡西郷村真船字寺平1
●泉質:単純温泉(アルカリ性低張性高温泉)
●源泉温度:45.1度
●日帰り入浴:10時~15時、700円
●宿泊:1泊2食1万5270円~
TEL:0248-36-2301
●住所:福島県西白河郡西郷村真船字寺平1
●泉質:単純温泉(アルカリ性低張性高温泉)
●源泉温度:45.1度
●日帰り入浴:10時~15時、700円
●宿泊:1泊2食1万5270円~
TEL:0248-36-2301
東側に山を下りれば白河の街並み。西側に向かうとやがて会津若松へと続く街道に出る。阿武隈川のせせらぎが聞こえる森に包まれた地に甲子温泉は湧いている。
温泉が発見されたのは1384年のことだ。
伊豆国の禅僧が修行の旅に出て白河の関を通るとき、西の山に独特の雲がかかっているのを見つける。その雲に誘われて山に入ると、そこに小屋を建てて修行に励んでいた。
ある夜のこと。老人が訪ねてきて、「この山峡に霊泉がある。病人を救う湯でもあるから、多くの病人を救いなさい」と言い残す。
次の日、禅僧が聞いたところに行ってみると湯が湧いていたという。
その時に見つかった湯は、やがて時代とともに忘れ去られてしまう。
再び、湯が見つかるのは1600年のことである。
会津蒲生家の浪人・菊池大隅基吉が猟に出て、阿武隈川源流域で猿を撃つ。その猿は逃げていき、基吉が血痕を追って行ったところ、その猿が温泉でキズを癒やしていた。
それから36年後、基吉の子が温泉として開発、白河城主によって湯守に命じられる。
この湯こそ、かつて禅僧が見つけた湯だった。
禅僧が湯を発見したのが至徳元年甲子(きのえね)の年だったことから甲子温泉と名付けられた。
白河から会津の下郷町へと続く国道289号は、白河から徐々に標高をあげていく。
国道は観光道路としての整備も進み、非常に走りやすい。東北道白河ICから40分も走ったころ、快適な国道から少しだけ離れると、一軒宿の元湯甲子温泉旅館大黒屋に着く。
本館は「和モダン」という言葉が似合う、茶褐色の外観だ。どことなく古い時代の学校校舎のイメージもある。
聞けば、映画『もののけ姫』の世界をイメージして、平成19年に改築したという。
本館には大きな窓から緑を見る内湯と、その緑に包まれたどことなく上品な露天風呂をもつ「恵比寿の湯」がある。
しかし、圧巻は阿武隈川沿いの「大岩風呂」だ。
本館から長い階段を降りる。突き当たりのドアを開けると、入浴者のために設置された橋がある。その向こうには湯小屋が並ぶ。左隣には温泉プールも見える。
奥の湯小屋は女性専用の「櫻の湯」。大岩風呂と同じ湯が湯船を満たしている。
橋の正面に位置する大岩風呂は、その名の通り巨大な浴槽を持つ混浴の湯だ。縦5m、横15m。そして、深さは最大で1.2m。立ち湯でもある。
湯船の横には鳥居が設けられている。その先に鎮座する大きな岩は、「子宝石」と呼ばれ、なでると子宝に恵まれるという伝説がある。
これは刺激の少ない単純温泉であり、若干ぬるめなために長湯ができ、体の芯まで温まって妊娠しやすい状態になるのだそうだ。
湯船の横の脱衣所で裸になり、かけ湯をしてから湯船に浸かる。たしかにぬるめだ。
ところどころ、泡と一緒に湯が湧く場所を湯底に見つけることができる。大岩風呂は“ぶくぶく自噴泉”なのだ。
湯底で湧く温泉の湯温は31~34度。本来なら「ぬるめ」というよりひんやりした湯だ。
しかし、この湯船にはもう一つの源泉が注ぎ込まれている。子宝石のある鳥居口から流れ込む湯は44~46度。熱めの湯だ。
浴槽ではこの二つの湯が混じり合って、入りやすい湯となる。
湧出量は毎分260ℓ。加水・加温しない弱アルカリ性低張性高温泉は、なるほど長湯にふさわしい。
湯小屋も落ち着きがある。150年の歴史をもつ大浴場を覆うのはしっかりした梁をもつ木造の建物。大型温泉ホテルで見られるコンクリート製やタイルが貼られた浴室とは風情が違う。
これもまた長湯ができる理由だろう。
敷地内には白河藩主松平定信の別荘だった「勝花亭」が残る。湯守を白河城主に命じられることによって人を迎える温泉の歴史が始まった甲子温泉。歴代藩主もこのやわらかな湯にずいぶん癒やされたに違いない。
歴史を感じさせる場所としては、甲子温泉からドライブで行ける大内宿に立ち寄ることをおすすめしたい。
会津若松と下野(しもつけ)の国を結ぶ会津西街道(下野街道)の会津城下から3番目の宿場が大内宿だった。
ここが貴重なのは、当時の姿のままに茅葺屋根の民家が街道沿いに建ち並んでいることだ。
現在ではみやげ店やそば店などになっているが、茅葺の民家が約450mにわたって並ぶ宿場を散策し、名物の「ねぎそば」を食するのもいいものだ。
東北自動車道白河ICから国道4号などを経由して国道289号に入り、会津方面に進む。白河ICから約40分。
< PROFILE >
篠遠 泉
出版社勤務時はスポーツやアウトドア、旅関連ムックの編集長を務める。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。旅雑誌などに連載中。
篠遠 泉
出版社勤務時はスポーツやアウトドア、旅関連ムックの編集長を務める。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。旅雑誌などに連載中。